新しい原点回帰

2022年1月29日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

ジャーナリスト

千葉商科大学教授(4月から)。1987年日本経済新聞社に入社。フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務め、11年に独立。著書に『2022年、働き方はこうなる』(PHPビジネス新書)など。

菊池 尚
逗子菊池タクシー代表取締役社長
1960年生まれ。慶應義塾大学卒業後、地域経済の実情や経営ノウハウを学ぶために横浜銀行に入行。その後、家業である菊池タクシーに入社。当初はドライバーの経験もした。

 神奈川県の逗子は三浦半島の付け根にあり、首都圏に最も近い海水浴場のひとつ「逗子海岸海水浴場」を擁する風光明媚な土地柄である。御用邸がある葉山の玄関口に当たることから、古くから別荘地としても栄えてきた。その拠点である逗子駅前で100年近くにわたって営業を続けてきた老舗タクシー会社がある。「逗子菊池タクシー」。創業は1923年(大正12年)で当初はトラック運送を手がけていたが、全国で続々とハイヤー(タクシー)会社が誕生する中で、逗子でのハイヤー事業に乗り出した。

 「会社が長く続いたのは、良いお客さまに恵まれた土地柄だったことが大きいと思います」と3代目の菊池尚社長は言う。戦前から、逗子や鎌倉に邸宅を構えて国鉄(現JR)で東京に通っていた富裕層が多く存在した。逗子駅とお宅の送り迎えという仕事が創業当初からあったのだという。

 戦後の高度経済成長期には住宅開発が進み、都心に通うサラリーマンが急増した。半島にある逗子は山がちの地形で、駅から先の公共交通機関はバスだが、バス停から自宅までは急勾配だったりするので、タクシーへの依存度は高かった。「毎日決まった時間にお迎えに行って、駅までお送りするお客さまがたくさんおられました」と菊池社長。「何時の電車に乗るのでタクシー1台」といった電話を受けて配車するケースも多く、利用客を求めて空車を走らせる「流し営業」はなかった。いわゆる「固定客」に支えられてきた会社なのだ。

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