本店での「再構築」はそれだけではない。夜になると、煎餅店が「DJバー」に変身する。店の天井には音響の良いスピーカーが設置され、照明も色が変わるのだ。煎餅のショーケースにはターンテーブルが置かれ、松﨑さん自らDJに変身する。ミュージシャンの真骨頂である。
客は、店内にある冷蔵ケースから缶ビールを取り出して購入、棚にある煎餅をアテに一杯やる。ちょっとした町の社交場に早変わりするのだ。残念ながら、新型コロナの影響で、今はまだ不定期開店の状況だが、「いずれ、私ひとりでオペレーションできる形にして、定期的に煎餅バーにしたい」と松﨑さんは構想を膨らませる。
シャンパンと煎餅の取り合わせを楽しむイベントも企画した。ぬれ煎餅にクリームチーズを添えるとシャンパンにはぴったり合うという。
原点が持つ力が
新しい形につながる
新しい本店は成功を収めている。すでに新型コロナ前の19年の売上高を上回った。店の前を歩く通行人の数は移転前の銀座の方が多かったが、店をのぞいていく人の数は圧倒的に新本店の方が上回る。銀座に比べて肩肘を張らない東銀座という町のせいか、客の年齢層も広がり、店を訪れる若い人たちが増えた。
店名を「MATSUZAKI SHOTEN」に変えたのも「再構築」を目指す心意気の表れだ。「店に置く煎餅の割合を減らし、食べ物にこだわらず、良いもの、面白いものを置いていきたい」と松﨑さん。すでに銀座の名店の小物類などを置いているが、アパレルなどにも広げていきたいという。
さらに「東銀座にあと2、3店『MATSUZAKI SHOTEN』的なお店を増やしていきたい」というビジョンを持つ。
煎餅の文字を外し、ローマ字綴りにした新ブランドが示すように、煎餅店のような「何店」であることは考えない、という。では何を目指すのか。「町を楽しくするためのカルチャーを作る店にしたい」と松﨑さんは先を見据える。
長年、銀座という町で培われてきた老舗が、若旦那世代のネットワークもあって、新しい形へと変わっていく。「原点」が持つ力を引き出すことで、それが「新しい形」へとつながっていく。これこそ時代の変化を捉えて生き残ってきた老舗の真骨頂かもしれない。
写真=湯澤 毅 Takeshi Yuzawa