ある時、その編集者と、某雑誌の連載で、私も祝島を訪れることになった。氏本さんは、もともと北海道時代、3000頭以上の牛を飼う大牧場を任されていた人である。そして、意を決して故郷の島へ戻ったのは、5年前のことだ。
豚たちの放牧地は、瀬戸内の輝く海を見下ろす高台だった。これは、そもそも休耕地になって荒れていた棚田である。毎朝、島中の畑で出る芋づるや残飯、豆腐屋のおからなどを集めて、これをエサにしている。氏本さんは、昨年からは、札幌の飛行場の仕事を辞めて、島の仕事を手伝うようになった長男といっしょに、数カ所の放牧地をまわり、朝からエサを与える。その食べているエサは、サツマイモやそのつる、残飯や野菜くず、豆腐屋からいただいくオカラなど、繊維質もビタミンも多い。国内の99%を占める外国からの濃厚飼料は一切、与えていない健康な豚である。
豚たちは、氏本さんがやってくると、お腹を撫でてもらおうとしてこぞって駈け寄ってくる。狭い畜舎で飼われた豚は、普通、ストレスで噛み合ったりするので、あらかじめ尾っぽを切ってあるが、ここの豚は、童謡の通り、ちょろりんと長いまま。
しかも潮風が常に吹いてくる島は、ハエや蚊なども少なく、ストレスもないから、牛や豚の放牧には最適なのだという。
そうして愛情をかけて育てた豚だけに、氏本さんは、処理する時にも一頭ずつ、いっしょに船に乗って見送る。金子さんは、その希少な豚を定期的に一頭買いしている。
「牛のと畜場で処理してもらっているので、毛のまま届く。それを妻と2人で毛ぞりからしてドイツ製の鋸で捌くんです」
このお洒落なビルの一角で、夫婦が豚の頭と格闘する姿を思い浮かべると、何だか楽しくなるではないか。金子さんのそんな技は、修業時代にフランス直伝の先輩に教わった。
そんなわけで、『エピス・カネコ』では、豚を一頭買いしたタイミングに合えばこれを味わうことができる。中でもお勧めは、せっかく健康的な放牧豚だから頭部や内臓までも無駄なく使いたいと、金子さんが腕を奮った自家製のパテやゼリー寄せである。