六本木の駅から歩いて7分くらいの場所に、開店以来、ずっと夫婦が二人三脚で続けてきたフレンチ『エピス カネコ』がある。セメント打ちっぱなしのお洒落な外観、入り口にもごく控えめな小さな看板だけ。知らなければ、レストランだと気づかずに通り過ぎる人もいるかもしれない。
けれども思い切って門を開くと、その2階には、気どりのない暖かな店が待っている。
オーナーシェフの金子和男さんは、80年代、どちらも今はなき、九段下の『ビストロ・ボンボワザン』、代官山の『モンプレヴォー』といった人気のフレンチで修業した。87年、その経営母体でもあったBIGIの傘下にあるP3に勤めていた紀子さんと知り合い、結婚。94年11月に独立し、西麻布の別の場所に、現在と同名の店を構えた。
以来、ずっと夫婦2人で店を切り盛りしてきた。2人で働ける大きさを保つためにも、お客さんに納得のいく料理を提供するためにも、現在の18席から増やすつもりもない。そして2004年、9年前に店の常連だった大家さんの誘いもあって現在の場所に移った。
故郷・瀬戸内の食材を使って
金子さんが生まれ育ったのは、山口県の海辺の町、光市だ。金子さんが、故郷である瀬戸内地方の食材に魅せられ始めたのは、その頃からである。
「ちょうど、その頃、宅急便が浸透したこともあり、鮮度のいい状態で届くようになったんです。お正月にも宅急便が無休で働き始めたのも、その頃でしたね」
同じ頃、故郷の光市の農協前に評判の朝市が誕生した。その市場で生産調整を担当していた人と知り合って、農家から直接、四季折々の野菜を取り寄せるようになった。
「季節感のある野菜が届くし、こちらから、こういうものを作ってみませんかと種の提案もできる。白アスパラの季節になると、わざと筍を使ってみたりしました。ワラビなどの山菜も使いました」
東京では、世界中から珍しい食材が届く。
「その頃のトリュフは缶詰でしたが、今は瞬間冷凍のフルーツのジュレなども届く。けれど、そうした常にモードを追う世界とは、どこかで差別化したかったんです」