次に、台湾の国際的空間を否定し圧迫しているのは中国である。対話を要望する馬提案を日本は受け入れることができるが、台湾の国際的活動を抑えたい中国にはそれができない。中国は馬提案に対し公式には沈黙を続けているが、非公式には不満を示している。台湾は尖閣問題において当事者意識が強い。それを拒否されるのは台湾にとっておもしろいことではない。馬提案を突き詰めると中台の潜在的矛盾に行き着く。
馬は、若い時に沖縄返還協定の中に尖閣諸島が入っていることに抗議し領有権を主張した「保釣運動」グループの一員であった。その後も馬は「釣魚台(尖閣諸島)は中華民国の領土」との主張を続けており、領土問題での日本の対応を非難している。一方、馬は国際法の専門家で、ハーバード大学院生時代、「海底油田を含む海域の争い−東シナ海における海床境界と海外投資の法的問題」(1981年)と題する博士論文で、領土の主権問題と海域画定とを切り離し、国際法に則った海域画定を進め海洋資源の開発をできるようにすることが領土への確執を減少させるという合理的な主張をしている。それが今日の「平和イニシアチブ」提案につながっている。
現在、日台間の漁業協定に関する交渉は中断中で、台湾漁船は日本のEEZ(排他的経済水域)内で漁ができない。台湾漁民は伝統的に尖閣諸島周辺でも漁をしており、締め出され不満を強めている。馬政権は内政上でも、日台漁業交渉で成果を出す必要性に迫られている。
馬総統は昨年1月の再選後内政でつまずき、支持率13~14%という超低空飛行を続けている。14年には統一地方選挙を控え、日本との交渉で台湾漁民の利益を勝ち取ったという成果はのどから手が出るほどほしい。漁民の人口比率はごくわずかであるが、この交渉に関係する漁民は宜蘭県と新北市に集中している。国民党にとって、県知事ポストを取り返したい宜蘭県と、台湾で最大の人口数を擁する新北市は絶対に落とせない。漁業関係者の票は軽視できないのである。政権幹部は、14年の統一地方選挙は16年の次回総統選挙に影響するととらえている。日台漁業交渉は単に漁民の話ではなく、16年選挙での国民党の政権防衛にまで関わってくるのである。
しかし、交渉は容易ではない。境界線について、地理的な「中間線」を主張する日本側と、人口や面積を勘案した独自の「暫定執法線」を主張する台湾側とのズレは大きい。線引きができない海域は「暫定水域」として双方の漁船が操業できるようにする方法があるが、これだと台湾漁民に有利になるとして沖縄県の漁業関係者が警戒している。馬政権には尖閣諸島周辺の日本の接続水域で台湾漁民の操業を認めさせたいという思惑もある。日本側は、台湾側が無理な要求をしてこない限り、漁業資源管理の条件を付けるなどして台湾側の利害も含めて丁寧に議論し、交渉を進展させることの戦略的意義を考えるべきである。