2024年4月20日(土)

WEDGE REPORT

2022年5月19日

中国語教育の強行により
「優等生」の民心は離れる

 習近平政権が中華民族共同体意識を声高に唱えるようになったのに伴い、少数民族地域では中国語教育の拡充が強行されることとなった。この突然の現状変更に敏感に反応したのが、内モンゴル自治区のモンゴル族である。20年夏、民族学校における中国語教育の開始学年の引き下げ、授業言語の中国語への切り替えなどの措置に対し、抗議行動が巻き起こった。もともと政府は自治区各地に民族語の学校を設置し、民族言語での教育を認めてきた。デモ参加者はそうした従来の民族政策に立ち返るよう、政府に訴えたのだが、次々に逮捕され、学生には退学などの厳しい処分が下された。

 ここで見逃してはならないことは、デモ参加者は概して民族言語での教育と中国語での教育を並行的に行うという中国の従来の民族政策には反対しておらず、従前どおりの教育を求めていたにすぎないことである。

 モンゴル族は中国国内では、中国式教育に比較的従順な少数民族の「優等生」として知られている。従前どおりの民族語教育でも、中国語で行われる科目も多く、自然な趨勢として、モンゴル語より中国語を使う頻度が高まり、モンゴルより中国国家に帰属意識を持つモンゴル族も生まれたであろう。ところが習近平政権が教育政策の現状変更を強行したため、モンゴル族としての民族意識を刺激し、民族間関係に禍根を残すこととなった。中華民族を作り出す習近平政権の攻勢によって、かえって民心が離れる事態を招いたと見ることもできよう。

 新疆ウイグル自治区では、こうした習近平政権による先手の攻勢は、いっそう大きな犠牲を出すこととなった。17年以降、自治区の学校で使用される教科書の発行責任者であった、自治区教育庁の元庁長らが拘束され、失脚した。従来の教科書は、もともと共産党体制の枠組みの中で出版を認められたものであったが、ウイグル人(族)としての誇りを子どもたちに抱かせるような記述が問題視されたのである。

 代わりに中国人ないし中華民族としての認識の統一が強力に進められるようになった。その過程で、教育行政の幹部、少数民族の知識人が芋づる式に逮捕された。狙い撃ちにされた知識人の中には、日本に留学したことがある人もいる。その多くが未だに消息不明である。

 新疆の場合、問題は子どもたちの教育にとどまらず、大人たちの再教育にも波及し、大規模な収容政策が実行された。収容者の人数は未だに全貌が分からないが、何らかの教育訓練を受けた人は年平均延べ100万人を超えたとされる。施設では職業訓練と並んで、中国語の教育、また愛国意識を醸成するような教育が行われていることが、中国側に招待された英BBCの記者によって公にされている。

 収容者が学ぶ中国語の例文は、「私は中国共産党を愛する」「私は中華人民共和国を愛する」「私は北京の天安門を愛する」というようなものであった。少数民族一人ひとりを、中国語を話し、中国国家への帰属意識を持つ「まっとうな中華民族」に改造しているといっても過言ではないだろう。

 これら一連の政策を指揮していた新疆ウイグル自治区党委員会の陳全国書記は、21年12月に離任し、馬興瑞という人物に交代となった。馬氏はもともとハルビン工業大学の教員で、中国航天科技集団の指導者となった後、政界に転じ、深圳市党委員会書記、広東省長などを歴任した。その馬氏が新疆に送り込まれた背景に関して、科学技術の専門家、また経済の先進地域である広東省の指導者としての経験を生かし、新疆の経済発展を指導することが期待されているといわれる。

 とはいえ、これによってこれまでの引き締めが全面的な緩和に向かうかといえば、その道筋は不透明である。馬氏は新疆に赴任後、反テロ、治安維持の法治化、常態化を全面推進するよう強調してもいる。新疆の経済発展を進める一方、引き続き現地社会を厳しく取り締まるものと考えられる。


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