その速水先生に、ゼミに入るときに薦められた本が、『甘藷の歴史』(宮本常一著・日本民衆史7・未来社)。一読して、ぴたりと波長が合いました。ちなみに、その後、宮本先生とは、大学院生時代にアルバイト先の研究機関でお目にかかる機会があって、ますますこの分野にのめり込んで行きましたね。そのあたりからは、もっぱら「庶民の生活」をキーワードにして、いろいろ研究をしていくという形になっていったのです。
――お話を伺っていると、なるべくして研究者になられたという印象を受けます。
鬼頭氏:実際は、速水ゼミと出会う前の2年の夏は、進路について大いに悩んだんですよ。ゼミを決めるに際しても、将来の職業に何か関わりのあるものを選ぶべきではないかと思ったのです。経済学部には入ったけれども、お金の計算には全然興味がない(笑)。だから、銀行員になろうなどとは全く思っていませんし、では何があるのだろうといろいろ考えた。そんな悶々とした日々を過ごすなかで、本を携えて旅でもしようかという、ちょっと感傷的な気分になって、汽車に飛び乗り、松本近辺を散策したのですが、そのときにたまたま手にした1冊の本を読んだことが、ひとつのターニングポイントになりました。
それが、内村鑑三の『後世への最大遺物』(岩波文庫)。人間が後世に何を遺すべきかという話です。遺すものとして、お金、事業、あるいは文学とか思想があるけれども、皆が遺せるわけではない。誰もが遺せるもので最大のものは何かと突き詰めていくと、「勇ましく高尚なる生涯」であると。たとえば、正義を行うとか、弱いものを助ける、艱難を克服する……等々、人から後ろ指を指されないような真面目な生き方をして、己の信じることを実行する。これなら誰でもできるのではないかというふうに説いています。
これを読んだからと言って、自分で何をやるということがすんなり決まったわけではありません。けれども、基本的には自分のやりたいことをやるべきなのだろうと、踏ん切りをつけた。すぐに社会に出て働かなくても、しばらく大学院に行って、やりたい勉強をまずやってみようじゃないかと決断したわけです。
――ご専門の歴史人口学は、速水融先生の影響で携わるようになったわけですね。
鬼頭氏:大学院に進む頃に、速水先生が江戸時代の宗門改帳の研究を開始されていて、私も資料整理等の手伝いをしていました。この研究が1973年に『近世農村の歴史人口学的研究』(東洋経済新報社)という本になり、刊行されてすぐに日経・経済図書文化賞を受賞しました。その受賞講演会を聴いて、私も人口研究に取組もうと思ったのです。