フランス国際放送『TV5モンド』のスタジオに招かれた東アジア専門の地政学者、バレリー・ニケ氏は、日本で起きた銃撃事件について、次のように述べていた。
「日本は安全な国であり、銃が少ないため、長期政権に君臨してきた安倍氏のような人気政治家が殺害されることは、とてもショッキングな出来事です。日本は他の国々と違い、コロナ対策を始め、何事もうまく乗り切っているという自信があると思います。今回の事件の衝撃は、その辺りのギャップから生まれたものでもあるのでしょう」
安全神話の崩壊
スペイン北東部バルセロナには、現在、多くの観光客が欧州各国から訪れている。日本は、彼らにとって、地球の反対側の国。日本で起きた重大事件をネットニュースなどで目にしても、「元首相が殺されたのか、くらいの印象です」とか、「エイービー(安倍氏をそのまま英語読み)という名の政治家でしたっけ」と答えるのが精一杯な人たちもいた。
一国の元首相が銃撃され、悼む観光客の姿もあったが、欧州市民にとっては身近な人物ではない。安倍元首相が銃殺された事実より、彼らが受けた衝撃は、治安の良い日本で起きた「安全神話の崩壊」に傾いていた。
イタリアのシチリア島からバカンスで訪れていた歯科医のロレンゾさん(32歳)は、ここに来る前に、安倍元首相の訃報を母国のニュース番組で知ったという。
「政治家が銃殺された映像を見て、唖然としました。日本で凶悪事件が起きたというニュースを、私はほとんど見たことがなかったからです。日本人はとても礼儀正しく、真面目な人たちという印象がありますから」
日本へ旅行した経験のあるスコットランド出身のアリシアさん(32歳)は、市内中心のカタルーニャ広場で、「とにかくショックな事件。普段はとても平和で、どこを歩いても安全な日本で、このようなガンバイオレンス(銃暴力)が起きたことは、非常に残念です」と嘆いていた。
バルセロナ出身のカルメン・ヌニェスさん(60歳)は、日本の事件をテレビで知り、衝撃を受けたという。だが、米国のように、「精神的な病を訴える人たちが、すぐに銃を手にする時代になった」と指摘。「銃暴力は、いまや世界中どこでも起きる事件だと思います」と悲観的だった。
怒りや恨みを心の中に抱え込む文化
欧州各国の人々は、日本に対する「安全神話」を描いてきた。安倍元首相銃撃事件は、そのイメージを少なからず変化させた。しかし、彼らの多くはここ数年、欧州で頻発しているテロリズムとは態様が異なるとの見方を示していた。
バルセロナ中心部の繁華街ランブラ通りでは、2017年8月にトラックが歩道に突っ込むなどのテロ事件が発生し、16人の死者が出た。その時、猛スピードのトラックに攻撃されたキオスクで働くジェラール・クティリャスさん(30歳)は、テロリズムに対する独自の考えを持っていた。
「私の感覚からすると、日本で起きた事件はテロリズムではないと思います。テロリズムというのは、多くの人を巻き込む無差別殺人で、1人だけを狙った殺人とは違うというのが私の理解です。とくに、テロリストというのは、彼らの理念を人々に押しつけようとする行為でもあると思うからです」
安倍元首相を撃った容疑者の男性をテロリストと呼べるのかは、さらなる検証が必要になる。母親が入信している「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)が、彼にどのような動機をもたらし、容疑者の犯行に結びつけたのかは、まだ不明な点が多い。