安倍晋三元首相は、考え抜く人だった。繁栄した強く美しい日本を作るためにどうしたら良いか、外交努力で平和を守ると言っても守れない。構造改革で経済を強くすると言っても、具体的にどうしたら良いか分からない。安全保障に関しても集団的自衛権の行使が必要である以上、それをどうした行使できるのかを考え、人々を説得した。
新しい政策の枠組みやコンセプトを提供した。「自由で開かれたインド太平洋」とは、世界で初めて受け入れられる日本発のコンセプトだ。内向きになる世界で、米国抜きで包括的かつ先進的環太平洋経済パートナーシップ(CPTPP、いわゆるTPP11)という自由貿易協定を作り上げた。
権威主義国家が力を強める中で、日本の平和と安全と自由をどう守るか、同盟と自衛力と自国の経済力の強化が必要だ。アベノミクスを遂行するとともに、賃金を上げるように企業に促した。経済の成果が、国民に均霑(きんてん)することを心がけていた。そうであればこそ、強い経済と安定した政治が得られる。
多くの政治家は、安全保障は憲法上制約があると思考停止に陥った。しかし、憲法が自衛権を否定しているはずはなく、必要な自衛力の大きさは相手次第である。好戦的な国が増えれば、自国の自衛力は高めるしかない。
経済政策も考え抜いたもの
経済政策についても、強い経済のために財政政策と金融政策があり、財政黒字と日本銀行の独立のためにあるのではないと考えていた。
これは筆者の意見だが、東日本大震災や新型コロナウイルス対応での無駄な支出を見ると、財政当局が本当に効率的に財政支出を使いたいのか分からない(原田泰『震災復興 欺瞞の構図』新潮新書、2012年。『コロナ政策の費用対効果』ちくま新書、2021年)。日本銀行に与えられた使命は物価の安定であるのに、強い円が使命だと勝手に解釈する総裁もいた。
リーマン・ショックの後に1ドル120円から79円までの超円高をもたらした。政治家は、金融政策について本気で考え抜いたことがなかった。1990年代末、首相に一番近い男と言われた加藤紘一元自民党幹事長は、政治家は金融政策について語ることは「許されていない」と言っていた(原田泰『デフレと闘う』78-82頁、309-312頁、14頁、中央公論社、2021年)。知識人と言われる人も、通り一遍の常識を受け入れることを知性とみなしているようだった。
本年4月25日の安倍元首相を会長とする議員連盟、「ポストコロナの経済政策を考える議員連盟」で、筆者は安倍元首相に、「新自由主義とは、本来、悲惨な貧困を救い、必要な公共事業を実施し、自由競争が繁栄をもたらし、価格システムが効果的に機能するような枠組みを提供するというもの」という資料(「資本主義vs.脱成長コミュニズム 人びとにとっての希望の社会とは 柿埜真吾インタビューPart2」読書人WEB、参照)を見せたところ、「いやまったくなんで新自由主義というとすべてが悪いという話になるんでしょうね」と話していた。ありきたりの考えに賛同されない方である。