安倍晋三元首相が選挙の応援演説の最中、凶弾に倒れ、暗殺されてしまった。かけがえのない指導者を失ったのは間違いないところである。日本だけでなく、世界各国でも大きく報じられ、各国の指導者も時間を割いて日本大使館などを訪問し、記帳している。ただ、その中でも、インドの対応は異例だ。
インドは、他の国に先駆けて、暗殺の翌日を、国全体が「喪に服する日」にした。印ナレンドラ・モディ首相はホームページに声明「わが友、安倍さん」を掲載、日本語版もだし、喪に服している。さらに、米豪と連携し3か国の指導者の共同声明も出した。
インドのテレビは安倍元首相の特集番組を一日中放送し、筆者も呼ばれた。公共放送のDDIndiaだけでなく、NDTV、Times Now, Mirror Now, CNN News18, Republic TV, NewsX, India Aheadなどのテレビで、安倍元首相の功績について、実に16時間連続、徹夜で説明することになったのである。明らかに安倍元首相への愛のようなものを感じる雰囲気である。
なぜインドは、これほどまでに安倍元首相を愛するようになっただろうか。考えられることは大きく3つある。
「インド太平洋」「クアッド」が愛された
第一の理由は、安倍元首相が構想した戦略が、インドの国益に合致していたからである。2007年、参議院選挙に敗れた安倍元首相は、それでも無理を押して訪印、インド国会で「二つの海の交わり」と題した演説を行った。
この演説は、太平洋とインド洋が一体であること、つまり「インド太平洋」、米豪との協力によって日印協力を進めていくこと、つまり「クアッド」の内容が述べられたものであった。つまり、正確に「インド太平洋」「クアッド」という言葉を使ったわけではないものの、その内容を紹介したものだ。
これは、インドにとって有益であった。それまでは太平洋は太平洋、インド洋はインド洋として捉えられてきた。そして太平洋側は「アジア太平洋」と呼ばれ、その中でさまざまな枠組みを作ってきた。インドは、そういった枠組みには入れてもらえなかった。しかし、「インド太平洋」という枠組みであれば、インドも参加可能である。
「クアッド」にも似たような性質がある。それまで、日米は同盟国、米豪も同盟国で、日米豪は、協力する機会が多くあった。もし「クアッド」になれば、インドもそういった枠組みに参加できる。インドにとって利益になる構想である。
そして、インドには、やはり対中戦略が必要であった。インドと中国は、4000キロメートルの陸上国境(実効支配線含む)を抱え、半世紀以上、断続的に、戦ってきた。