「強い日本」方針が愛された
安倍元首相が、インドから愛される第三の理由は、安倍元首相の右派的な側面が、インドでは人気を集めたものと思われる。安倍元首相は、靖国神社参拝や憲法改正、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保持、防衛費の増額を主張する、いわば「強い日本」を主張する政治家として知られてきた。
上記に紹介した「二つの海の交わり」でも、はっきりと言及している。「強いインドは日本の利益であり、強い日本はインドの利益である」と安倍元首相は「強い日本」という言葉を明示して演説しているのである。
そういった側面は、特に中国や韓国からは警戒されてきた側面である。ただ、これはインドから見ると真逆であった。そもそも中国や韓国が「強い日本」を警戒するのは、日本が彼らの支配者だったからである。しかし、インドにとっては、英国や他の欧米諸国が支配者であった。
そして、日本は、その支配者に対する抵抗運動を支援したアジアの国とみられている。例えばインドでは、日露戦争で、欧米人に勝利したアジアの国としての日本のイメージがある。第二次世界大戦では、インドの独立運動を主導したスバス・チャンドラ・ボースのインド国民軍を支援した国、というイメージもある。今、モディ政権は、ボース氏の巨大な銅像を建てる計画なのだ。
第二次世界大戦で日本が敗れた後、東京裁判において、唯一、日本に無罪の評決を出したラダ・ビノード・パール判事も、インド人であった。パール判事が無罪を主張したのは、後から法律を作って裁くのはおかしいという考え方からであるが、その背景には、欧米人がアジア人を抑圧して裁いている、そのことへの反発があったものとみられる。
だから、安倍元首相が、「強い日本」を主張する時、インド人は、「欧米に負けないアジアの日本」といったイメージで、非常に肯定的にとらえる傾向がある。つまり、安倍元首相の右派的な側面は、インドでは、むしろ人気を高め、愛されてきたものとみられる。
問題は後継者が遺志を継げるか
以上から見ると、安倍元首相は、戦略家としてアイデアを示し、実行してきた人物であり、インドと国益だけでなく、個人的な意見までも共有する指導者であったといえる。インドから見ると、これ以上ない友人であった。
だから、逆に言えば、日本は今後、後継者に困ることになるだろう。安倍元首相の死去は大きな損失で、穴埋めが難しい。今後、安倍氏の遺志を継ぎ、インドを念頭に置いた大戦略である、「インド太平洋」「クアッド」そして日印関係を、これからも維持・発展させていくことができるか、問われる。われわれは、相当努力する必要があるだろう。