今回のテーマは「人工妊娠中絶の権利と中間選挙」である。米連邦最高裁判所は1973年の「ロー対ウエイド」判決で、人工妊娠中絶の権利を合憲としてきたが6月24日、それを覆す判決を下した。これによって、人工妊娠中絶の権利が11月8日の中間選挙の争点に一気に浮上した。中絶擁護派のジョー・バイデン米大統領は、中間選挙でどのような選挙戦略をとるのだろうか。
目標は上院で2議席上乗せ
米連邦最高裁判所が5対4で人工妊娠中絶の権利を覆すと、早速バイデン大統領は「これは終わりではない」と述べて戦う決意を示した。その上で、「トランプ(前大統領)によって指名された3人の最高裁判事が、女性の人工妊娠中絶の権利を剥奪した」と語気を強めた。
さらに、バイデン大統領は秋の中間選挙では「女性の権利を擁護する上院議員と下院議員に投票しよう」と有権者に呼び掛け、人工妊娠中絶の権利を守る連邦法の成立を訴えた。
米連邦上院にはフィリバスター(議事妨害。議員には発言時間が原則的に無制限にあるとされており、これを利用して会期終了まで審議を引き延ばすことで、法案を廃案に持ち込む。議員の3分の2、つまり60人以上の賛成でフィリバスターを阻止することができる)と呼ばれる特殊な制度がある。
現在、米連邦上院議員議席数は定員100に対して与党民主党・野党共和党50対50で拮抗している。民主党は60議席を確保していないので、共和党から議事妨害を受けて法案を葬られる可能性があるのだ。
そこでバイデン大統領は、フィリバスターに特例を設けて、人工妊娠中絶を擁護する法案に関しては、60票ではなく51票で通過できるようにルール変更を行う提案をした。フィリバスターのルール変更実現には、今回の中間選挙で2議席の上乗せが必要だと主張した。少なくとも1名の民主党議員が造反する可能性が高いので、バイデン大統領は2議席上乗せに言及したのだろう。
習近平の影響か?
そもそもバイデン大統領は、米連邦上院におけるフィリバスターのルール変更に消極的であった。フィリバスターは少数派が多数派に抵抗する武器であり、一党独裁を阻止する政治手法、すなわち民主主義的手法としてバイデン氏は評価しているのかもしれない。
バイデン氏は演説で中国の習近平国家主席との会話を支持者に紹介したことがある。習主席は専制主義が民主主義よりも優れていると信じているというのだ。
一党独裁にはフィリバスター制度は存在しない。バイデン氏は、一党独裁の「決める政治」に疑問を抱いており、フィリバスターを評価しているフシがある。
バイデン氏は最高裁判決により人工妊娠中絶の権利が剥奪されたので、フィリバスターのルール変更を提案せざるを得なかったのだ。ただ、フィリバスターに特例を設けて全面廃止にしなかった理由は、仮に上院選で民主党が共和党に多数派を奪われ少数派になった場合、フィリバスターを使用できなくなってしまうからだろう。