2022年10月7日(金)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2022年8月7日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 滑走路にペロシ議長ら訪問団を運ぶ米軍機が見えた。空港の周囲のビルの高台には、ペロシ議長離陸の瞬間を望遠カメラで抑えようという民衆が集まっていた。ペロシ議長は離陸と同時に蔡英文総統らとの記念写真とメッセージをツイッターにあげるという手の込みようで、ペロシに始まり、ペロシに終わった約20時間の電撃訪問となった。

台湾にとってペロシ訪問の意味

 よく考えれば、ペロシ議長の訪問が台湾にとってどんな大きなメリットがあるのかはっきりしない。ペロシ議長は、大統領継承権第2位という大物ではあるのだが、米台関係で実質的進展をもたらす権限を持っているわけではない。しかも、82歳という高齢をおして11月の中間選挙で選挙には出るものの、民主党は敗北するとみられており、議長からはいずれにしても退くことになるだろう。

 47歳で下院議員になり、天安門事件の現場を訪れて対中批判を展開し、劉暁波氏のノーベル受賞では授賞式に駆けつけるなど、行動派の対中強硬論を売りに米政界でのし上がっていった。女性初の議長となり、そのポストの幕引きを控えて、自らのレガシー作りに台湾が利用されたと言えなくもない。それぐらい、今回のペロシ議長の訪問は、一から十まで計算づくしの広報戦略が巧みに用意されていた。

 しかし、台湾人はあえてそのペロシ議長の思惑に乗ったような印象がある。

 台湾にとって、一番恐ろしいものは何か。それは、中国のミサイルではなく、国際社会での孤立である。台湾はもとより1970年代以来、国連の座を中国に奪われ、次々と友好国から断交を突きつけられ、存在自体が世界から忘れ去れていく不安を抱えている。

 同時に、経済成長を果たし、自由や民主においてアジアでも突出した功績をあげているけれど、それらが決して国際社会で正当に認められていないというコンプレックスもある。台湾のメディアは過剰なほど常に外国の台湾への見方を紹介することが多いが、他者の肯定への渇望からである。

台湾人の心に響いた言葉の数々

 ペロシ議長は中国の威嚇をはねのけて台湾に来た。バイデン大統領に対して、習近平国家主席は首脳会談で「火遊びすれば身を焦がす」と言ったとされる。中国が、ペロシ議長を乗せた機体を攻撃する可能性もあった。それでも台湾にやってきたことに、いかなる思惑があるにせよ、ペロシ議長のガッツと信念を感じ取ったともいえる。

 中国の批判をかわすために空港で数時間だけ滞在し、蔡英文総統に来てもらう方法もあったはずだ。だが、ペロシ議長は前夜に乗り込み、市内にあるホテルに1泊し、立法院、総統府、人権博物館を訪れ、記者会見までやって、堂々と台湾から離れていった。

 そして何より、ペロシ議長は台湾が最も望んでいる言葉を言ってくれた。それは「米国は台湾を見捨てない」「米国と世界は台湾とともにいる」だ。

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