2022年12月3日(土)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2022年8月7日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 ナンシー・ペロシ米下院議員による台湾訪問は、台湾社会に熱狂的反響をもたらし、「ペロシ現象」を引き起こした。もともと短時間の訪問と目されていたが、実際は1泊2日の日程となり、蔡英文総統との会見、国際記者会見、立法院(議会)との交流、世界的半導体企業TSMC幹部との面談、人権博物館への訪問などがアレンジされた。これらの行程のほとんどはTVで生中継され、さながらペロシ議長による電波ジャックだった。

ペロシ米下院議長の〝電撃〟訪問は台湾メディアの注目を集めた(ロイター/アフロ)

 そのなかではペロシ議長が履いていたハイヒール(高さ7〜10センチと台湾メディアは推測)に注目が集まった。「82歳で10センチのピンヒールを履いている」と話題が沸騰。当日の夜、ニュースキャスターたちは、ペロシ議長が着ていたピンクのジャケットに白のインナーを身につけ、ハイヒールをはいてテレビに登場した。

ネットでもリアルでも沸いた台湾

 オードリー・ヘップバーン似の若い時代のペロシ議長の写真がフェイスブックで次々とシェアされた。ペロシ議長が滞在した台北市の新都市地区「信義区」のホテル「ハイアット・リージェンシー」の向かいにある台北のランドマークタワー「101ビル」では、おそらくペロシ議長の泊まった部屋から見えるように「Speaker Pelosi」「Welcome TW」「美台友誼永久」「TW♡US」のネオンサインで歓迎を示した。

ペロシ議長を歓迎したネオンサイン

 そもそも台湾到着の過程もショーじみていた。ペロシ議長の台湾訪問には事前に中国が反対し、バイデン米大統領も消極的な姿勢を見せていた。訪問リストからはいったん消え、台湾に行かないかもしれないとの情報が流れ、台湾訪問も公式発表は到着まで行われなかった。

 それだけにペロシ議長一行の行方が注目され、前の訪問地であるマレーシアから飛び立ったペロシ議長を乗せた米軍要人機は「SPAR19」という識別名が分かっており、リアルタイムで航跡を追うことができるウェブサイト「フライトレーダー24(Flightradar24)」に台湾人は釘付けになった。同サイトでは過去最多という70万人以上がペロシ機の動きを見ていたという。その多くが台湾人だったと見られる。

ペロシ議長を乗せた米軍要人機の航跡を追った「フライトレーダー24(Flightradar24)」(筆者撮影)

 ペロシ機は最初、出発地のマレーシアから東にまっすぐ向かった。本来ならば北上が最短距離だが、それには係争地の南シナ海の上空を超えなければならない。安全のためにフィリピンの東側から弧を描くように台湾に飛んだと見られるが、フィリピン近辺で台湾に向けで舵を北に向けたときには「台湾に来る!」と歓喜が広がり、台北市の上空でしばらく旋回していたときはサイトから確認しづらくなり「消失した!」とこれまた騒ぎになった。

 そんなペロシ議長の訪問の翌日の3日、筆者は日本から台北松山空港に向かった。午後5時(日本時間午後6時)にランディングすると、一連の日程を終えたペロシ議長の出発が1時間後に迫っていた。

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