2022年12月10日(土)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年8月30日

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唐木英明 (からき・ひであき)

東京大学名誉教授

1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長などを経て現職。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

 結局、27日になって、総理は「いずれは全国一律にする」と述べ、知事の判断に任せたことについては「全国一律でのシステム移行を待つことなく、前倒しで柔軟に対応できることを可能とした」と後付けの説明をした。そうであれば、最初からそのように説明をすべきだったのではないだろうか。

 そもそも「全数把握」を始めたのは、新型コロナを感染症法上に2類相当に指定したためであり、感染者を全員把握して登録することが法律で義務付けられているためだ。だから「全数把握」の見直しは2類相当指定の見直しにもつながる。そしてインフルエンザで行っているような「定点観測」による感染状況の把握に変更するというのが政府の新しい方針だ。

日本の「全数把握」の誤解

 政治のごたごたはともかくとして、知事の一部からは「全数把握」について十分に理解しているとは思えない発言があった。そもそも感染者を全数把握することはほとんど不可能だ。

 それに近いことをやっているのは中国で、感染者が見つかるとその地域を封鎖し、住民全員を検査して感染者を見つけ出す。これであればその地域の感染者を全員見つけ出して隔離、治療することで、感染者ゼロを達成できるという考え方だが現実は厳しく、中国国家衛生健康委員会報告で8月は連日300~700人の新規感染者が見つかっている。にもかかわらず中国のゼロコロナ政策は揺るがないようであり、住民の不満を押し切って人員と経費をかけ、国内総生産(GDP)の大幅な低下を招いても「感染者全数把握」は続くだろう。

 他方、日本の「全数把握」は、感染が疑われる人と濃厚接触者、そして希望者に対してPCR検査あるいは抗原検査を行い、陽性者は全員、厚生労働省の「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理システム(HER-SYS)」に登録することだ。その記入に人員と時間がかかり、臨床現場を混乱させていることが問題になっているのだが、それがコロナ対策として必須とは考えられないため、見直しの要望が出たのだ。

 「全数把握」がコロナ対策にならない理由は、これが「検査陽性者の全数把握」であって、「感染者の全数把握」ではないことだ。感染者の8割が軽症か無症状であり、そんな人はほとんど検査しないだろう。検査するのは仕事や旅行など特別の理由がある人だけで、その数はわずかだ。

 具体的な数字を見ると、東京都の8月26日の検査数(7日間移動平均)は1日に約2万人、1週間では約14万人だった。ということは、同じ数の検査を1年間続けても730万人で、東京都の人口1400万人の半分に過ぎない。だから軽症・無症状感染者の少なくとも半分は見逃していると考えざるを得ない。

 この推測を裏付ける調査結果がごく最近報告された 。米カリフォルニア州ロサンゼルスの大学病院の医療従事者と患者の記録を分析した結果、210人が抗体検査でオミクロン株感染が確認された。

 そのうち44%(92人)は自分が感染したと認識していたが、56%(118人)は感染したと思っていなかった。ということは、感染者のうち検査した人は44%だったことになる。感染したことに気が付かなかった人のうち12人は何らかの症状があったが、それはコロナではなく風邪などのためと思っていたという。日本では少しでも症状が出たら検査するのではないか、という声があるが、もしその人たちが検査したとしても、感染者のうち検査した人は50%である。

 このような結果から、感染者のうち検査をするのは半数程度であり、残りの半数の感染者は自分が感染していることを知らずに自由に行動し、感染を広めていることになる。

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