「彼は義母がガンを患っていたため、治療でやむなくロシアにとどまっていたが、動員開始を受け、家族全員で車により隣国のジョージア(グルジア)に逃げた。子供を連れていたこともあり、20時間以上かかったという」
ロシアから聞こえてくるこのようなエピソードは、彼らを取り巻く環境の厳しさを物語って余りあった。
モスクワから比較的近いジョージアとの国境は、動員開始直後からロシア側からの車が数キロに及び列をなしたことから、各国メディアに報じられた場所だ。これまで家庭の状況で出国が困難だった人々も、自身が戦場に駆り出される危険が迫ったことを受け、国外脱出を決意する状況が生まれている。
動員発表直後には、ロシアからビザなしで渡航できるアルメニアやトルコへの航空券が飛ぶように売れ、価格が暴騰した。ただ1カ月の平均給与の数十倍に跳ね上がったチケットを購入できる人は限られており、脱出を試みる場合、車で移動できる陸路が選ばれる可能性が高い。
ただ、陸路での脱出もすでに容易ではなくなっている。ロシア語メディア「メデューザ」の報道によれば、ジョージアとの国境ではすでにロシア側の警察が招集逃れがないかを調べるために検問体制を強化しているという。
メデューザはさらに、ウクライナ南東部のロシア支配地域で実施されている住民投票が終了した後に、招集対象となりうる年齢のロシア人男性は出国が禁じられる可能性も報じている。
実際の動員数は100万人か
さらに、今回の「部分的動員」を命じた大統領令は、実際には30万人ではなく、100万人の動員を想定しているとの疑念がもたれている。
21日に大統領府のホームページで公表された大統領令は、なぜか「第6項」の次が「第8項」になっており、「第7項」がきれいに抜け落ちている。
反政権的な立場で知られ、ロシア国内での活動ができなくなった新聞「ノーバヤ・ガゼータ」の欧州版は、大統領府関係筋の話として、この部分こそが「100万人動員」を指し示していると伝えた。
30万人という数字はそもそも、ショイグ国防相が口頭で述べた数字に過ぎない。同関係筋によれば、動員の人数はいくども検討が重ねられた結果、100万になった。その数字を公表するかどうかをめぐっても議論が重ねられ、最終的に第7項を非公表にするという決定が下されたのだという。
仮に事実であれば、本当の招集対象者数を低くみせておきながら、実際にはその数倍の兵力をかき集めようとするプーチン政権の姿が浮かび上がる。また、仮にノーバヤ・ガゼータに大統領府関係者が情報を漏らしていたのであれば、政権内部でも情報統制に〝ほころび〟が出ている可能性もある。
ロシアではこれまで、高齢者層であるほど政権への支持が高いとの調査結果が出ていたが、ここにきてそのような状況にも変化が生まれつつあるとの指摘も出ている。
国民を欺き続けるプーチン政権への人々の怒りがいつ、沸点を迎えるのか。その時期は決してまだ見えていないが、確実に近づきつつあるようにみえる。
ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。
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