2024年7月23日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年11月2日

 ここからは敢えて「揣摩憶測」と断って話を進めるが、天安門楼上に立つに当たって、胡錦濤は黒髪に染めることを拒否されたのか、それとも自ら敢えて白髪頭を望んだのか。

 前者と考えるなら、胡錦濤の白髪頭からは、習国家主席の「あなたは、以前のあなたであってはならない。すでに過去の人だ」という強いメッセージを読み取れることは十分に可能だ。この段階で、すでに習国家主席は極めて強い権力、いわば一切の異を唱えることを許さないほどに権力を極めていたと考えられる。建党百周年記念式典を目前にした6月24日、北京の富強胡同6号に位置する趙紫陽元総書記の旧宅から彼に関わる備品が搬出され某所に封印されたばかりか、遺族の継続居住希望が拒絶されたとの報道も、その傍証と言えるだろう。

 これに対し後者なら、白髪頭は胡錦濤の抵抗の意思表示と見なすこともできる。だが、昨(2021)年2月20日、北京で開催された「党史学習教育動員大会」に党総書記として臨んだ習国家主席の言動からは、早くも同大会の時点で「党史解釈権」を掌握したと読み取ることが出来る。「党史解釈権」を掌中に収めた時点で、すでに事実上の独裁に筋道をつけていたことを意味するのである。

 ならば共産党建党百周年式典の日の天安門楼上における胡錦濤の乱れた白髪頭は、共産党最上層における政治力学の帰趨を暗示していた。だから、今回の人民大会堂における胡錦濤の不自然な振る舞いから政治的意味を深読みすることは少しムリがある。やはり胡錦濤に連なる共青団系の落日の兆しは避けられない。

習近平3期目に垣間見える毛沢東の遺志

 今回の第20回共産党大会で選出された最高指導部の年齢構成を見ると、最高齢が69歳の習国家主席で、最も若い丁薛祥で60歳。トップ7人で構成される中央政治局常務委員会の下部に位置する中央政治局員(24人)を見ても、王毅外相の69歳を最高齢に、最年少は李書磊中央宣伝部長ら4人で58歳である。

 彼らの年齢から判断するなら、少なくとも2027年までの任期5年間(もちろん可能性としては、その先も考えておくべきだろう)に「林彪事件」(1971年)を凌駕するような政治的な天変地異でも発生しない限り、共産党政権は文革時代に幼少青年期を送り、神と崇めた毛沢東にとっての敵を探し求めて街頭に飛び出した紅衛兵世代と、その下の紅小兵世代に率いられることになる。

 これからの世界が立ち向かうことになる3期目(以降?)の習政権は、先端科学技術と経済力でバージョン・アップされた〝毛沢東のよい子〟たちによって担われることになるはずだ。であればこそ、これからの中国政治に彼らの毛沢東体験が滲み出てくる可能性は否定できないだろう。

 ここで思い出すべきは、1976年9月の毛沢東の死に際して中国の最高権力機構である中国共産党中央委員会、中華人民共和国人民代表大会常務委員会、中華人民共和国国務院、中国共産党中央軍事員会が連名で発表した「全党、全軍、全国各民族人民に告げる書」(以下、「告げる書」)である。

 「告げる書」は「中国共産党、中国人民解放軍、中華人民共和国の創立者で英明な指導者である」と毛沢東を称え、6回に亘って「我われは断固として毛主席の遺志を受け継ぐ」と繰り返し、決意の固さを示している。そこで問題は「毛主席の遺志」となるが、3期目に入った習政権との関連で、以下を注目しておきたい。

(1)「党の一元化指導を強化し、党の団結と統一を固く擁護し、党中央の周囲に緊密に団結する」

(2)「鄧小平批判を深化させ、〔中略〕ブルジョワ階級の法権を制限し、我が国プロレタリア階級の独裁をより前進させる」

(3)「毛主席の建軍路線を断固として執行し、軍隊建設を強化し、民兵建設を推し進め、戦備を増強し、警戒を高め、敢えて侵略を試みる一切の敵を殲滅する備えを常に怠らず。我われは断固として台湾を解放する」

(4)「毛主席の革命外交路線と政策を引き続き、断固として、徹底して推し進める。〔中略〕我が国人民と各国人民、特に第三世界の国々の人民との団結を強化し、国際社会において手を結ぶことのできる総ての勢力と連合し、帝国主義、社会帝国主義と現代修正主義との戦いを最後まで徹底する。我われは永遠に覇権を唱えない。永遠に超大国にはならない」

 こう「告げる書」の訴えを箇条書きにしてみると、強固な一強体制、鄧小平路線の後退、民間の企業活動に対する制限、軍拡と「台湾解放」へ向けての軍事的圧力強化、米国との全面対決路線など、習政権が進めている内外政策が「我われは断固として毛主席の遺志を受け継ぐ」方向と重なってくるように思えるのだ。


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