――文武両道の活発な少年だったのですね。すると本との出会いは、高校に入ってからですか?
川勝氏:そうです。17歳の前後、人生観を一変させる3冊の本との運命的な出会いがありました。
中学時代は素行がよくなかったので、両親が心配し、高校は厳格なカトリックで中高一貫の男子校への高校編入試験を受けました。幸か不幸か受かったのです。そこでは中学から上がってきた生徒はませていて、たとえば芥川龍之介とかヘルマン・ヘッセ、スタンダール等々、国内外の文学の話をしている。大変なカルチャーショックを受けました。
そんなとき、たまたま音楽関係の知り合いのご婦人に薦められて読んだのが『ジャン・クリストフ』(ロマン・ローラン著)。ベートーヴェンをモデルにした大河小説です。すごい衝撃でした。それまでは、明快な数学に魅せられていたのですが、それとは全然違う苦悩や恋愛などがテーマの文学の魅力に引き込まれてしまった。これをきっかけに岩波・新潮・角川の文庫本を次々と読みあさり、一気に文科系に変わりました。
――まさに劇的な変化ですね。2冊目は何でしょう?
川勝氏:読書好きの父の本棚の本も読むようになって、そこで出会ったのが『パンセ』(パスカル著)です。『パンセ』には、「クレオパトラの鼻が低ければ、世界の歴史は変わっていただろう」とか「人間は考える葦である」など、名言が散りばめられています。しかし、メインの主題は「人生というのは“慰戯”である」。つまり、神への信仰だけが本当の慰みの世界で、結局人生は、すべてムダな時間つぶしで、そのために音楽に酔いしれたり、スポーツを楽しんだり、おいしいものを食べたりしているというのです。
強烈なショックで、一体何のために生きているのだろうと深く悩み、文学から今度は哲学に入りこむきっかけになりました。
――読書によって内省的志向が進んだわけですね。残るもう1冊の衝撃の書は何ですか?
川勝氏:『パンセ』を読み終えた高2か高3の頃、国語の先生が三木清の『人生論ノート』を課題図書に挙げられました。その時期に岩波書店から三木清全集の刊行が始まるのを知り、全19巻を毎月一巻ずつ買い揃えていきました。
最初の配本の第1巻が『パスカルにおける人間の研究』。これは三木清の処女作です。『パンセ』を読んでいたので、すごく真剣に読みました。この書は『パンセ』から宗教的要素をはぶいた哲学的な解釈です。一読して魅せられ、以来、三木哲学は私にとってもっとも重要な学問的支柱になりました。