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2013年7月8日

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金子熊夫 (かねこ・くまお)

外交評論家・エネルギー戦略研究会会長

外交評論家。元外交官、外務省初代原子力課長、元東海大学教授。退官後エネルギー戦略研究会(通称EEE会議)を創設し、会長として現在も活躍中。主な著書は「日本の核 アジアの核」(朝日新聞社刊)、「小池・小泉『脱原発』のウソ」(飛鳥新社、11月6日発売)など。1937年愛知県生まれ。ハーバード大学法科大学院卒。

 一般の読者のために少々説明を加えると、現行の韓米原子力協定は、旧・日米原子力協定と同タイプで、米国産の核物質(ウラン燃料)の再処理、濃縮、第3国移転は米国の事前承認がなければできないという明文の条項がある。

 日本は、77年春、カーター政権が発表した新核不拡散政策の適用第1号として、当時ほぼ完成していた茨城県東海村再処理施設の運転に「待った」をかけられた。

 果たせるかな、日米は文字通り激突した。日本は、福田赳夫首相と宇野宗佑科学技術庁長官兼原子力委員長(ともに当時)の下で挙国一致、正攻法で「再処理とプルトニウム利用は、資源小国日本のエネルギー安全保障上必要不可欠。日本は被爆国として非核に徹しており、再処理を行っても核武装や核拡散の心配は無用」と強硬に主張し続け、ついに米国から条件付きの承認を勝ち取った。

 交渉はその後も延々と続き、ようやく88年に「長期包括的事前承認」方式による新協定の締結に成功し、現在に至っているわけである。厳しい交渉が多かった戦後外交のなかで、日本側が完全に勝利した数少ない事例の一つと言ってよい。

 都合10年に及ぶ日米交渉を振り返ると、筆者が外務省の初代原子力課長として直接交渉に関与した前半は、カーター民主党政権の厳格な核不拡散政策に苦労させられたが、後半はレーガン共和党政権の原子力推進政策に助けられたという面もあった。

 その後、世界の核と原子力をめぐる状況は大きく変化している。近年とくに北朝鮮、イラン問題の悪影響は甚大だ。就任以来「核なき世界」(09年のプラハ演説)を標榜するオバマ政権は、核拡散防止のためには再処理と20%以上の濃縮を禁止したいというカーター政権以来伝統の政策を堅持している。

 今後原子力発電を導入する新興国に対しては、08年に米国がアラブ首長国連邦(UAE)と締結した原子力協定(再処理、濃縮の放棄を明記)をゴールド・スタンダードとしたい方針のようだ。つまり、カーター政権時代に再処理権を獲得した欧州原子力共同体加盟国と日本、それに、4年前に米国との粘り強い交渉で奇跡的にそれを獲得したインドだけを例外として、他のすべての国には新たに再処理権を認めないという方針を頑なに堅持しているのである。

韓国問題は対岸の火事に非ず

 翻って日本はどうなのか、どうなるのか。

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