桜新町アーバンクリニック院長の遠矢純一郎さんは、大学病院や総合病院での勤務経験も長い。しかし、「もっと生活に近いところで人々の健康を守る家庭医が日本にも必要」との想いを同じくする大学時代の先輩に誘われ、仲間とともに2000年12月に世田谷でクリニックをスタートさせた。
当初は主に外来診療を行っていたが「通院されている方がご両親を自宅に診に来てほしいとか、ご本人がだんだん通院できなくなってくるということがあり」、往診をするようになった。今のように在宅医療が盛んではなく、一般の人たちの大病院志向も今よりずっと強かった。
かつて勤めていた病院でも往診の経験があった遠矢さんであったが、自宅に伺うことを本格的に始めてみて「まずはびっくりしました」という。「こんなによくなるんだって」。
病院の医師から、「この患者さんはもう口から食べることは無理でしょう」と言われた人も、家に戻り、家族や介護者が「これだったら食べられるだろう」と、工夫して一口ひとくち食べるところから始めると、回復していくということを目の当たりにしてきた。
在宅医療について語られる時、よく聞くこの手のエピソードは、あまりに情緒的で、科学的でないと思われる方もいるかもしれない。しかし、遠矢さんは以下のようにもコメントする。「100%みんなそうなるわけではないですし、ご家族の介護力だったり、その人の病状がたまたまそれで回復する状態だったということなのかもしれないし、決してお家に帰ったおかげと言い切るのは難しいですけれど、やっぱり家にいることの快適さとか、あるいは安心感とか、入院している時と比較にもならないものはあると思うんです。ですからそれは起こり得ることだろうなと最近では思います」。
2009年にはクリニックに在宅医療部を立ち上げ今では、病気や障害で外来通院が困難な在宅療養者およそ150人を診療している。
24時間体制の壁を超えて
さて、在宅には人を癒す不思議な力があり、地域にやる気のある在宅医がいたとしても、一人の医師が24時間体制で在宅療養する人を支えることは、それなりの工夫がなければバーンアウトに向かう危険性がある。そこが、在宅医がなかなか増えない原因の一つとも言われてきた。
遠矢さんは桜新町アーバンクリニックの在宅診療部を立ち上げる前の約3年間、郷里の鹿児島で在宅医療を本格的に勉強した。その時に出会った地元の在宅医のつぶやきを今も覚えている。