2022年12月6日(火)

この熱き人々

2013年7月19日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 自らの意志で明確な一歩を刻み始めた村田は、3年後、父に300万円借金して8坪の「菊乃井木屋町店」を構えた。が、客が来ない。客のいないカウンターであらゆる料理書を和洋中問わずに読み尽くした。

 「師匠がいないから、天麩羅がどういう料理か、なぜ粉を氷で溶くのか、きちんと頭で理屈を理解しないと天麩羅揚げられへん」

 まさにボンゆえの苦労と孤軍奮闘。その中で独自の料理へのアプローチを果敢に進めるために、試行錯誤の日々が続いた。

 「そんなある時、『たん熊』の先代が来はったんです。木の芽の料理を出して、『親父のレシピですけど甘ないですか?』と聞いたら、『あほか。甘い思うんなら甘ないのを出さんかい。自分が旨ないと思うもん出して店潰すのと、自分がほんまに旨いと思うもん出して店潰すのとどっちや』って。この一言で吹っ切れました」

 京料理界の異端児と呼ばれるようになった村田を、先代、先々代からの繋がりで結束の固い京都の料理人仲間は大きな目で見守ってくれた。

 「新しいのもええやんか、でもそこまでにしとかんとわけわからんもんになるで。そこってどこや、あ、ここまでやとだんだんわかるようになる。初めての料理だけど京料理にもこういうもんがあるんやねと思われるか、何や妙なもん出てきたなと思われるか。料理人はお客さんの好みや世の中の変化や国の違いも推し量りつつ、うまいもん作れる人と違いますか」

 まさに守破離の境地なのだろう。だが、破も離も守があってこそ。日本料理において、外せない肝とは何なのか。それが「そこまで」の“そこ”に当たるのだろう。

 「旨味と出汁を中心に構成された料理であること。どんな食材でもどんな盛り付けでも旨味を中心にした料理は日本料理といえる。母乳の成分は、油脂と旨味成分と糖質で、これらが脳の快感中枢を刺激して食欲をそそり、また食べたくなる。料理は、それらのうちどれかを中心に構成されていて、西欧は油脂中心で、世界で日本だけが旨味成分が中心の料理なんです。グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸など複数の旨味成分を相乗させ8倍に旨味を増やしたものが出汁や。以前ペルーで日本料理作った時、カツオも昆布もなかった。それでトマトの原種からグルタミン酸を取り、鶏の胸肉でイノシン酸を取り出して、日本料理を作りました。旨味を昆布だと思ったら、昆布がないとこでは日本料理ができなくなる」

 21世紀の世界はヘルシー志向の流れが生まれ、低カロリーの日本料理は注目されるようになった。村田が望んだ日本料理を世界に広げる環境は、今や熟成しつつある。

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