幕府研究で明らかになったこと
他方、幕府本体の研究も進み、近年では「『天皇制絶対主義』に連動して『徳川絶対主義』という捉え方が消滅し、一会桑研究にも影響されつつ、幕府内部の様々な政治的潮流とその政局上での役割が分析され」る方向に進んでいるという。
また、長州藩研究と比べると立ち遅れていた薩摩藩研究が進み、島津久光・小松帯刀など脇役的に見られていた人物に注目が集まり、「藩内は必ずしも討幕一色ではなく、実力者である久光や小松の動き、藩内の倒幕反対派も含め、その動向が再考されるようになった」という。
幕末政局の決定的局面の一つ王政復古クーデターも「徳川慶喜=幕府の打倒を目指したものではないこと、王政復古で成立した新政府は、鳥羽伏見戦争以降の政府と異なり、天皇よりも『公議』(諸藩の代表者の意見)原理が優位に立つ政府であること」が明らかになっている。
「公武合体運動」と「尊王攘夷運動」については、「攘夷のための公武合体」であり、天皇が攘夷を固守する限り「公武合体」のために「攘夷」が必要となるのだから、両者は対立するというものではなく、そこから徳川慶喜の独自性が浮き彫りになってきているという。
最後に、一般との認識のずれに関し坂本龍馬に触れられている。薩長盟約を例にとれば、龍馬は小説とは異なり主役ではなかったのであり、幕末史における比重はそれほど高くはない。一般読者からは大いに不満が出そうなところだが、これも歴史研究の醍醐味であろうか。
このほか、評者の現在の関心から言って思想史と帝国議会史の研究の様子も興味深かった。思想史では政治史研究と思想史研究の架橋という視点が興味深く、また政治史において人物研究が活発になってきているという状況は『明治史講義 人物篇』(拙編、ちくま新書)を出した者としてうれしい限りだ。帝国議会史では戦後一旦は否定的に評価された明治憲法体制と帝国議会がその実際の運営が明らかにされるにつれ意義・役割が再評価される方向に研究が進んで来ているという点が興味深い。
巻末の文献年表は、実に読みやすく適切である。本書は細分化が進み専門家すら全体像がつかみにくくなっている明治史研究を、一般読者にもわかりやすく整理し今後の展望を指し示したものとして高く評価されよう。
あなたはご存じだろうか。自分の住む地方議会の議員の顔を、名前を、どんな仕事をしているのかを─。住民の関心は高まらず、投票率の低下や議員のなり手不足は年々深刻化している。地方議会とは一体、誰のために、何のためにあるのか。4月に統一地方選挙を控える今だからこそ、その意義を再考したい。