2023年3月30日(木)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2023年3月12日

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唐木英明 (からき・ひであき)

東京大学名誉教授

1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長などを経て現職。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

マスクの効果への〝誤解〟

 厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A」はスーパーコンピューター富岳の計算結果を示して、不織布マスクを着用すれば大きな飛沫は100%、小さな飛沫も70%防ぐこと、だからマスクはウイルスの吸い込みによるコロナ感染を75%予防できるとしている 。しかし、このコンピューターの計算は実際に起きたことと大きな乖離がある。

 日本の流行第1波の感染者数は欧米よりずっと小さく、「日本の奇跡」と言われた。そして感染者数が少ない原因は、全員がマスクをしているためともいわれた。しかし、そうではないことが証明された。

 感染症には集団免疫という考え方がある。コロナの場合には7~8割の人が感染やワクチンで免疫を持てば、流行は止まると考えられている。

 マスク着用により75%の人が感染しなくなれば、集団免疫と同じ結果になるはずである。そのうえ国民のほとんどが複数回ワクチン接種することで免疫を獲得した。この2つが重なれば流行は完全に終わるはずだ。

 しかしそうはならなかった。国民の8割以上がマスクを着用していたにもかかわらず周期的に8回もの流行が起こり、感染者数はワクチン接種後に増えている。

 比較のため世界の状況を見ると、ワクチン接種を実施したがマスク着用義務を止めた米国とヨーロッパでは、日本とは逆に、昨年から今年にかけて感染者数が激減した。欧米の例だけを見るとワクチンが有効であるように見えるが、日本の例はその可能性を疑問視させる。そして日本の例も欧米の例も、マスクの有効性を否定している。

 コロナ感染はN抗体とS抗体を作り、ワクチンはS抗体だけを作るが、感染予防効果があるのはN抗体なので、初期に感染者が多かった欧米では流行が収まり、感染者が少なかった日本では今頃になって感染者が増えてきたという説もある。しかし、流行の初期には誰も抗体を持っていなかったにもかかわらず感染者数が少なかった日本の状況は、この説では説明できない。

 ワクチンには感染予防効果があるが、接種後その強さは減弱してゆくこと、比較的強い重症化予防効果があることが分かっている 。従ってワクチンが不要というわけではない。ウイルスと免疫の攻防はまだ謎だらけである。

 いずれにしろ、状況証拠からマスクにはほとんど効果がないと考えられるのだが、これについての最新の研究結果を紹介する。

最新の総説論文が示すもの

 マスクの効果を調べた研究は数多くあり、「有効」と「無効」の両方の結果が報告されている。どちらが正しいのだろうか。

 1月30日に発表された総説論文 は、これまでに発表された78報の論文を集めて総合的に検討した結果を示している。論文の多くは季節性インフルエンザを対象にしたものであり、コロナを対象にした論文は6報あったが、その両者の結果をまとめて取り扱っている。

 その結論は、外科用であれN95マスクであれ、インフルエンザあるいはコロナ感染の予防効果はないというものだ。詳しく言うと、外科用マスク着用とマスクなしを比較すると感染に有意差はなく、N95マスクと外科用マスクを比較しても差がなかった。これまで言われていた、マスクの効果はあったとしても小さいという結論が裏書されたのだ。


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