2024年12月22日(日)

ディスインフォメーションの世紀

2023年5月19日

 先述の2月22日付グローブ・アンド・メールによる報道などを受け、3月6日にはジャスティン・トルドー首相がこの疑惑を調査するための独立した特別調査官を任命し調査すると発表した。特別調査官は、19年と21年の総選挙に関するCSISの機密報告書を精査し、今後の対応について勧告する予定とされる。

 また、3月31日、CSISの元アジア太平洋局長はカナダの各政党が長年中国の干渉や浸透工作の被害にあってきたことを裏付ける報告を下院委員会で行なった。さらに5月3日には、トルドー首相が、チョン議員が中国からの圧力を受けた件についてCSISから報告を受けていなかったと話したのに対し、直ちにチョン議員が「トルドー首相の発言は事実と矛盾している」とトルドー政権による対応の遅れを批判し、政府の対応が厳しく問われる事態となっていた。

 これら事態の推移から、中国による干渉疑惑をめぐるトルドー政権の意思決定にカナダメディアの報道が大きく影響している状況が見てとれる。

 一方、中国側はカナダ内政への干渉を否定している。在トロント中国領事館の報道官は5月5日、カナダ政府の説明は事実無根であり、カナダメディアや政治家が中加関係を悪化させていると非難するコメントを発出した。5月9日には、中国外交部の汪文斌報道官が定例記者会見で「中国に対する中傷とイデオロギー的偏見に基づく政治的操作だ」とするなど、カナダの対応を強く非難した。

なぜ、加中関係は悪化したのか

 これまでのカナダの対中政策を振り返ると、厳しい対露政策とは対象的に、中国に対しては慎重な姿勢が目立った。トルドー首相率いる自由党は、中国との関係を悪化させないよう対中関係において慎重な姿勢を維持してきた経緯がある。

 カナダでは、内政に関与し、あるいは経済活動を行う市民の多くが中国との強い結びつきを有している。21年国勢調査によれば、中国系カナダ人が全人口の約4.7%を占める。また、カナダと中国のビジネス関係も深く、中国の市場はカナダ企業にとって重要な存在である。22年には加中の貿易額は記録的水準に達し、カナダの中国からの輸入額は初めて1000億ドルの大台を超えた。

 そうしたトルドー政権下の加中関係が急速に悪化したきっかけは、18年に中国がカナダ人2人(元外交官のマイケル・コブリグ氏、企業家のマイケル・スパバ氏)をスパイ容疑で逮捕、1000日以上拘束したことである。これは華為(ファーウェイ)の孟晩舟最高財務責任者(CFO)が米国の逮捕状に基づきカナダで逮捕されたことに対する報復措置だとみられており、このいわゆる「2人のマイケル事件」がその後のカナダの対中政策を厳しいものに転換させることとなった。

 また、カナダ政府は22年5月、安全保障上の懸念を理由に、華為とZTEを5G通信網から排除する方針を決定した。この措置により、カナダ政府は、対中政策において、他のファイブアイズ・メンバーと足並みを揃え始めた。2022年後半以降は、先述の通り、カナダの内政に中国が干渉しているのではないかといった疑惑や、中国当局が海外に住む自国民を監視するための「ポリス・ステーション」がカナダ国内でも複数発見された件など、カナダの対中観を悪化させるマイナス要因が次々と発覚する事態となった。

 これら事態の推移に伴い、これまで中立的であったカナダの対中世論も大きく変化した。ピュー・リサーチ・センターによると、カナダ世論の中国に対するネガティブな見方が18年以降急増し、18年にカナダ国民の45%が中国に対して好意的ではないと回答したのに対し、22年には好意的ではないとする回答は74%となり、一方、好意的とする回答は21%にとどまった。また、アンガス・リード研究所が23年3月10日に公表した世論調査によれば、カナダ国民の40%が中国を脅威、22%が敵国とみなす一方、好意的な見方は12%にとどまっている。


新着記事

»もっと見る