2024年7月16日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2023年8月30日

 国際的非営利組織「国際危機グループ(ICG)」の中東・北アフリカ部長を務めるジュースト・ヒルターマンが、米国の外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」ウェブサイトに8月1日付で掲載された論文‘Is the Middle East’s Makeover a Mirage?’で、一連の中東の関係正常化の流れは良い事だが、中東の諸問題は解決しておらず、不測の事態で中東が混乱する可能性が引き続き存在する、と分析している。また、正常化は圧政に苦しむ民衆の助けにもならないと指摘している。主要点は次の通り。

2023年7月17日、サウジアラビアのジッダでトルコのタイップ・エルドアン大統領と会談するサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(提供:Saudi Press Agency/ロイター/アフロ:INDONESIAN FOREIGN MINISTRY/AFP/アフロ)

 7月半ばにトルコのエルドアン大統領はサウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)を訪問、10年以上冷たい関係にあったサウジおよびカタールとの雪解けとなった。2020年にはイスラエルがアブラハム合意でバーレーンとUAEとの関係を正常化、モロッコとスーダンもこの合意に加わった。今年3月には、サウジとイランが7年ぶりに関係を正常化し、5月にはシリアが、10年以上の孤立の後、アラブ連盟に復帰した。

 しかし、これらの関係正常化の動きを過大評価してはならない。中東地域の諸紛争の原因は解決していないし、むしろ、関係正常化によりいくつかの問題はより深刻化している。

 バイデン政権の誕生はアラブ側により独自の外交が必要だと感じさせ、サウジは、4年間のカタール・ボイコットを終わらせたが、ほぼ同じ時期にサウジとUAEの関係は悪化した。米サウジ関係も悪化した。サウジは、バイデン政権がイラン核合意を復活させ、イランが直接あるいはその代理者を使って域内に覇を唱えることを深刻に懸念している。

 一連の外交努力の中の最大の成果は、サウジとイランの関係正常化だ。サウジはイランからの攻撃の可能性を減らし、彼らの望むタイミングでイスラエルとの関係正常化が可能となった。また、シリアの復帰により、シリアをイランの影響下から抜け出させた。

 中東が外交にシフトし関係正常化が進むことは、非難しようのない成果である。しかし、イスラエルとハマス、イスラエルとイランなどの対立は、大規模衝突の一歩手前のままだ。また、イスラム原理主義、特にムスリム同胞団は、エジプトのなどの国々を不安定化させている。イスラム原理主義は、引き続き域内で広汎な支持を得ている。また、パレスチナ問題もまともに交渉できる状況にない。

 しかし、重要な点は、関係正常化の動きは苦しんでいる民衆の助けにならないことである。民衆を救うためにはそれぞれの国が経済やガバナンスを正さなければならない。直ぐに大規模な抗議デモが起きなくとも、民衆からのガバナンスの改善を求める圧力は続くであろう。専制国家は、国内を押さえ込めば、国際的な圧力に対抗出来ると考えているかも知れないが、果たして彼らにそのようなチャンスはあるだろうか。

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 上記の論説でヒルターマンは、ここ数年、中東で起きた関係正常化の動きを総括し、一連の関係正常化自体は外交的成果だが、パレスチナ問題などの中東の不安定さの根本原因に何ら変わりはなく、不測の事態が起こればたちまち中東は不安定化すると指摘し、また、外交的成果を上げる一方で国内では民衆の不満に直面している中東の専制国家は弾圧で押し切ろうとしているが、果たして可能であろうかと疑問を投げかけている。この現状分析は正しい。


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