2024年5月30日(木)

新しい〝付加価値〟最前線

2023年9月12日

1つ目の鍵「特注」

 業務用エアコンを日本で作ることのメリットは、ユーザーのオーダーを聞き対応できることにある。例えば、電気ヒートポンプエアコンの10%は特殊仕様だと聞くと驚かれるだろうか? これは対塩害モデルだ。私も海から50メートルのところに位置するアパートに住んだことがある。手狭なアパートで洗濯機はベランダ。当然潮風が当たるし、台風ともなれば、防波堤があっても道路が波を被る。子どもだったので、ワクワクしながら眺めたものだ。洗濯機は2年で錆が浮いた。普段は意識しないにせよ、塩害対策は四方を海に囲まれた日本にとって重要だ。

 それ以上にすごいのは、吸収式冷凍機。ナチュラルチラーとも呼ばれるこの冷凍機は、自然冷媒である水を利用したノンフロン空調システム。環境負荷が少なく、注目されている。

吸収式冷凍機。ナチュラルチラーとも呼ばれる

 だが、吸収式冷凍機はすこぶる巨大。外観が黒いためでもあるが、私はすぐSL(蒸気機関車)を思い出した。そのくらい、大きい鉄の塊だ。今や、観光以外で走ることのなくなった蒸気︎機関車は、引退後、各地で外展示されることが多い。新橋駅のSL広場などが有名だ。なぜ外展示かというと巨大だからだ。あらかじめ、SLを展示することを考慮した建物でないと中に入れることができないのだ。

 吸収式冷凍機も似たところがある。しかし置く場所を確保したと言われても、洗濯パンのようにサイズ、形が決まっているわけではない。微妙に異なり、ほとんどが特注となる。

 液晶パネルは、同じサイズを作り続けることで工場を省人化した。国内で作っても海外と競うことはできると、シャープは亀山に大工場を作ったが、こちらも目算が狂った。2Kモデル以降、4K、8Kといち早く最新モデルを開発したが、地上波は2Kで足踏み。4Kの高画質は放送ではなく、ネット配信で活かされることが多い。高画質を錦の御旗として掲げた国内メーカーのテレビ事業はボロボロになった。標準化された技術は外に流れやすい。

 さて、業務用エアコンで「特注」があるのは、日本で作る大きなポイントとなる。パナソニック大泉工場の前身は三洋の工場だが、さらに遡ると中島飛行機の工場に行き着く。海軍に収める航空機を作っており、零戦などを作っていたという(零戦の設計は三菱だが、中島飛行機はライセンス契約を交わし、全零戦の3分の2は中島飛行機製)。この歴史な巨大な建屋で、業務用エアコンの特注品は作られる。

2つめの鍵「溶接」

組み立て工場は、中島航空機から引き継がれたもの。この建屋で零戦が作られていた

 吸収式冷凍機を作るときに、一番必要な技術は何かというと、「溶接」だそうだ。吸収式冷凍機は、水に低圧、高圧をかける工程があるため、毛ほどの隙間があってもNG。要するに微塵の隙間もない溶接技術が求められる。

入り口には「溶接」を中心に、技術関連の賞状が飾られていた

 どこの工場もそうだが、工場の出入り口には、工員の表彰状がずらりと張り出される。技能表彰だ。大泉工場に貼リ出されたのは、私が確認できた限り、全部「溶接」。この工場で溶接が上手いのは誉なのだ。

 溶接のハードル自体は高くない。電気溶接機の安価モデルは、ホームセンターでも販売しており、2万円くらいで手に入れることができる。これが自在に使えるようになったからといって、大きな顔はできない。溶接全体から見ると、ほんの初歩の初歩なのだ。

 溶接は、母材の溶接しようとする部分を加熱し、母材と溶加材とを融合させて溶接金属を作り、これを凝固させて接合する「融接(溶融溶接)」。接合部に機械的圧力を加え溶接する「圧接(加圧溶接)」。母材を溶融せずに母材より融点の低い金属のろうと呼ばれる溶加材を溶融させて接合面の隙間に流し込んで接合をする「ろう接」の3つに大別される。

 だが、実際は、使う機械、母材、溶加材に加え、精密性が複雑に絡み合った、膨大な技術体系となる。当然、簡単に極めることはできない。それぞれの溶接を、何千、何万と気を入れてこなす必要がある。

 それなら、AIでできないのかと思われる人もいるかもしれない。しかし、工場の自動生産は、人間が手でこなすような多種多様なことはできない。まず動きの自由度が違う。例えば、アクションドールは、正座ができない。できると称しているものは、関節が2つある場合が多い。人間だと腿が左右に平べったくなるが、人形はそれができない。このため、足を折り曲げた時、腿の厚みを吸収できないのだ。AIが進化しても、自在に動く筐体がないと、人が行う複合的な精密作業はできない。

 工場のオートメーションは、標準型を作るためのものであり、業務用エアコンの室外機のように、際限のない要求に応えるようには、できていない。人を育てた方が早いとなる。

中に入れる10メートル近い銅管も手作業で丁寧に入れる

 溶接は危険を伴う作業のため、近くで見ることは叶わなかったが、代わりに銅管を差し込む作業を見せてもらった。1センチ位くらいの穴に、ほぼ同径の10メートル近い長さの管を嵌め込む作業だ。ほぼ同径なので、隙間がない。底面を合わせはめ込むのだが、10メートル近い銅管はかなりの重さ。正確に入れていかないと、自重で反ってしまい、入らなくなる。

 見ていると、合わせる人と送る人が呼吸を合わせ、すーっと入れていく。あまりにもあっけいない。強引さが微塵も感じられない職人と呼ばれるレベルの手作業。大泉工場はそんな人たちが働いているところだ。


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