「唯一、影響を感じたのは塩売り場ぐらいですかね。日本産の塩が山積みになっていて、全然減っていない様子でした。入荷したのは今年2月で、検査にも合格していますという貼り紙も貼られていましたし。ただ、中国人の買い物客は全然気にしてないようで、私が写真を撮っていると、なにか面白いことがあるのかとよってきて、初めてその貼り紙に気づいたという様子でした」
処理水に猛抗議、日本への迷惑電話が殺到、中国人観光客が日本旅行をキャンセル、汚染への恐怖から中国産の海産物まで買い控えられるように……。日本での報道とはかなりイメージが違う。
「ネットニュースやSNSの書き込みでは処理水の話は見かけましたけど、職場とか身の回りでも処理水が話題になったり、なにか影響を感じたりすることはありませんでしたね。処理水で大パニックの記事を書け!と日本から指示が来た上海駐在日本人記者が『なにもないです。無理です』とお手上げだったという、笑い話のような噂も聞いています。まあ、これほど無風なのは上海だからかもしれません。中国は広いので、大都市と田舎は別の国ぐらい違うと言いますよね」(Aさん)
中国全土でも「処理水問題」は沈静化
実は上海市だけではなく、中国全体で処理水に関する話題は急速に沈静化している。中国検索大手・百度が提供しているキーワードごとの検索回数を表示するサービス「百度指数」を見ると、海洋放出が始まった8月24日は爆発的な話題になったものの、急激に興味が薄れていることがわかる。原稿執筆時点(9月9日)と放出前の数値を比べると、キーワード「日本」で1.5倍程度、キーワード「福島」で2倍弱とまだ高い水準ではあるものの、ネットの炎上は終わったと言えそうだ。
筆者も処理水問題で多くのメディアから寄稿依頼があったほか、有名テレビ番組出演の打診もあるなど忙しい日々が続いていたが、そろそろ打ち止めの予感がしている。
ともあれ、日本メディアでは「なぜ中国はこれほど強烈な反発を」という視点から報じられていたが、どちらかというと「なぜ反発は持続しなかったのか」を考えたほうがいいのではないか。
その理由は、政府レベルと民間レベルの双方に背景がありそうだ。
まず、政府レベルだが、中国政府は人民の焚きつけには抑制的だったという点だ。日本の水産物全面禁輸という強硬措置をとり、日本への強硬姿勢と人民の健康を守るというポーズを示した一方で、それ以上には踏み込まなかった。
中国政府には「人民の感情を傷つけた」というお得意のフレーズがあり、公的な制裁や規制ではないが、人民が自発的にやっていることなのだという形で、商品の不買運動が展開されることがしばしばある。今回はネット世論を取り締まるなどのブレーキは踏まなかったものの、焚きつけるアクセルも踏んではいない。
続いて民間レベルだが、処理水に関してさらに注目が高まるような続報がなかったことはポイントだろう。東京の飲食店で「中国人へ 当店の食材は全て福島産です」と書かれた看板が掲げられたこと、橋下徹・元大阪府知事がネット番組でホタテ10個を食べることを中国人の入国条件にしようと発言したことなどは中国のSNSでも取りあげられていたが、炎上を加速させる材料とはならなかった。