2024年5月19日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年9月12日

 中国ではホットなニュースが次から次へと代わり、大炎上した事件もまたたく間に忘れられていく。日本だって似たようなものだが、市民生活を一変させたコロナによる都市封鎖ですら、「そういえば大昔にそんなこともありましたな」的な反応で帰ってくることが多いのだ。

 筆者はこれを〝偉大なる忘却力〟と名付けている。人々の注目をひくニュースが次から次へと飛び交うアテンションエコノミー(関心経済)の時代だけに、何事もさくっと忘れられていくわけだが、世界一のスマホ大国である中国ではそのスピードが半端ない。

 また、中国共産党の鶴の一声でそれまでのルールががらりと変わってしまうお国柄、これも忘却力を高める要因になっているように思う。中国人の忘却力をテーマとしたSF小説に、陳冠中『しあわせ中国 盛世2013年』(辻康吾監修、舘野雅子・望月暢子訳、新潮社、2012年)がある。政府の暴政、弾圧を誰も覚えていないのはなぜか? この謎を解き明かしていくというストーリーだ。興味がある方にはぜひご一読をオススメしたい。

中国社会は変化しつつある

 そして、もう一つ、中国社会の成熟もあるのではないか。筆者は処理水の海洋放出を受けて、中国社会ではもっと強烈な反日ムードが広がると予測していた。食の安全という中国人の琴線に触れやすいテーマ、海洋放出の方針が発表された2年前から中国からは強い反発のメッセージが発せられていたこと、米中対立において日本が米国陣営に強くコミットしていることから判断したものだ。

 想起していたのは2012年の尖閣諸島国有化に抗議する反日デモ、そして1999年の在ユーゴスラビア中国大使館の誤爆事件に抗議する反米デモだ。純粋に怒り愛国心をむき出しにしている人もいたが、怒る側に身を投じなければ売国奴として吊し上げられかねないとの警戒心から参加する人の方が多かった。

 それと比較すると、炎上の最中でも気にせず日系スーパーや日本料理店にでかける人が相当数いるというのは大きな変化のように思う。ネットの騒ぎで盛り上がって迷惑電話をかけて面白がる人もいれば、浮ついた社会の空気に我関せずといつもどおりの暮らしをしている人もいる。

 そうした層は上海市などの大都市、リテラシーの高い中産層以上に限られているのかもしれないが、中国経済の成長に伴い成熟した層が増えているのではないか。中国をひとくくりで語れない、その傾向が強まっていることは認識すべきだろう。

 また、付言しておきたいのは中国人が〝偉大なる忘却力〟を発揮して処理水のことを忘れたとしても、水産物全面禁輸という措置はそう簡単には撤回されないという点だ。狂牛病問題を受けての日本産牛肉の禁輸措置は2021年の解除まで18年間にわたって継続された。

 福島原発事故を受けての10都県(福島、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、新潟、長野)の食品、水産物の禁輸は12年が経った今も解除されていない。日本政府は中国以外の販路拡大や加工場整備などの支援策を表明しているが、短期での解除はないという前提での、しっかりとした取り組みが必要になる。

   
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