国民党候補になった侯友宜については、上記のTaipei Times社説も指摘するとおり、その主張やビジョンが台湾市民に十分行き届いていなかったといえよう。警察庁長官を経験した侯は最近、日本や米国を訪問したが、米国ブルッキングス研究院を訪問した際、彼は、台湾と中国の関係を“3Ds”と表現した。それは、「抑止、対話、緊張緩和」(deterrence, dialogue, de-escalation)を意味するものである。
つまり、台湾海峡において、平和と安定を維持すること、北京との対話と交流を求めること、そしてあくまでも「中華民国憲法」に基づき中台間の関係を律しよう、というものである。このような主張は、馬英九・国民党総統時代と大きく異なるものではない。
台湾が昔に戻ることはできない
馬英九統治下で、中国と台湾は、自由貿易協定(ECFA)を締結したりして両者の関係が今日より幾分接近したことがあったのは事実である。中国共産党の立場から見れば、「一国二制度」によって、台湾を中国へ取り込もうとしたし、馬英九は「不統、不独、不武」(統一せず、独立せず、戦わず)のスローガンのもとに対中関係を処理しようとした。
今回の侯友宜の“3Ds”の主張は馬英九時代の主張に似ているが、蔡英文総統時代のこれまでの8年間に習近平下の中国共産党自体が大きく変わった。上記社説はそれを4点に分けて指摘しているが、正鵠を射たものと言うべきだろう。
侯友宜としては、馬英九の時代の対中国政策に戻そうとしているのかもしれない。しかし、台湾の市民たちは、今日の習近平体制を見れば、もはや昔に後戻りすることは出来ないだろうと見る人が多くなっているのも事実である。例えば、台湾市民たちは「一国二制度」が香港において、いかに変容したか、香港市民たちが如何に圧殺されたかをつぶさに眺めてきた。
馬英九の統治時代に比し、台湾・中国に対する米国の立場も大きく変わった。台湾の人々が希望するのは、いざ有事となれば、米国の軍事的支援、さらには日本の防衛力にも期待できるかもしれない、ということである。
このように見てくれば、侯友宜の“3Ds”は、最近の中国共産党の「戦狼」外交に対処するには全く不十分なものであると言ってよいだろう。