昨年10月に発表されたバイデン政権によるNPRは、中途半端な印象を与えるものであった。「2030年代までに米国は、歴史上初めて戦略的競争相手、潜在敵対国として二大核保有国に直面する」という厳しい現状認識を示す一方で、オバマ政権と同様に「米国の戦略における核兵器の役割を低減させる」ことを一つの目標として掲げた。この両者をどのように両立させるのかが疑問として残る内容のものであった。
米国の核態勢には多くの論点があるが、米国の核専門家の間で盛んに議論されている問題が二つある。一つは、米国が「中露の二大核大国に直面」という新たな事態に対応するために核戦力の量的拡大を図るべきか否かだ。もう一つは、中露がさまざまな攻撃オプションを持ちつつあることを踏まえて、新たなタイプの核兵器を開発・配備すべきかどうかである。
核増強はなされるのか
量的拡大については、今回の報告書は「増大すべき」とまでは述べておらず、量の拡大ないし構成の変更が必要とのラインにとどまる。しかし、全体として量的拡大の必要性を強くにじませる内容となった。
新たなタイプの核兵器の開発については、「アジア太平洋地域における戦域核戦力の必要性に対応」すべきとの勧告がなされている。これとともに「中露が戦域において限定的な核使用を行うことを阻止し、あるいはこれに反撃するため、軍事的に効果的な核による対応の幅広いオプション」を用意すべきとの勧告がなされていることが注目される。
地域紛争における核の恫喝ないし限定的な核使用の事態に対応すべくトランプ政権時の18年NPRは海上発射型核巡航ミサイル(SLCM-N)の導入を提言したものの、バイデン政権の22年NPRは同計画を中止した。オバマ、バイデン両政権によるNPRは、海上発射型核巡航ミサイルは不要との立場を取ってきたが、それではアジア太平洋地域における紛争発生時に迅速な対応ができないのではないかと指摘されてきていた。
今回の報告書では、具体的な兵器のタイプを明言はしていないものの、SLCM-Nの必要性を強く示唆する内容となった。
このように、この報告書は核増強の方向に軸足を置いたものとなっている。この報告書の勧告を実施していくためには、予算の手当が必要であり、議会を通す必要がある。
この報告書に対し、米国内では、米国は中露の核増強に付き合うのではなく、抑制した対応をすべきとの反対意見も提起されている。専門家レベルでは、報告書のとりまとめに至ったものの、現実政治の中で、民主・共和両党での合意が形成できるかの問題もある。この議会報告書の内容が、今後、どのように米国の政策に反映されていくかを注視していくこととなる。