理論上だけでなく、少人数ではあるが、人を使った臨床試験もすでに行われ、安全性と効果が確認されている。このうち、東京慈恵会医科大学が2014年から15年にかけて実施した臨床試験は、スギ花粉症患者21人を対象に、パック詰めされた花粉症緩和米(5グラムと20グラム)のご飯を食べる群と普通の米のご飯を食べる群で差があるかを調べた。結果、花粉症緩和米を食べた人の方が免疫反応が有意に抑えられていた。臨床試験を担当した同大教授は当時「安全性に問題がなく、5グラムと少ない量でも免疫学的効果が得られることが確認できた」と話していた。
「機能性表示食品」ではなく、「医薬品」へ
花粉症緩和米が「食品」なら、この臨床試験の結果をまとめた論文があれば「機能性表示食品」として商品化できたはずだ。いまだに商品化できないのは、この米が「医薬品」だからだ。
もともと「ご飯として食べる=食品」という考えで開発が始まったはずなのに、なぜ「医薬品」なのか。「医薬品」の判断は07年に厚生労働省が下した。
きっかけは、スギ花粉を含む健康食品を摂取した女性がアナフィラキシーで意識不明となり入院したことだ。この健康食品はスギ花粉をカプセルに詰めただけのものだが、健康食品での重篤な健康被害を受け、厚労省は「スギ花粉を含む製品」は薬事法第2条第1項に定める医薬品に該当するとの見解を示し、花粉症緩和米にもこれが適用された。
日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会理事長の大久保公裕・日本医科大学大学院教授は「スギ花粉が含まれている以上、やはりアナフィラキシーが起きる可能性は否定できない。この米が、花粉症の予防や治療を目的に開発されていることからも、やはり『医薬品』として扱うべきだ」と指摘する。
ただ、アナフィラキシーを起こす鶏卵、牛乳、ナッツ類などは表示するだけで食品として販売されている。米だけを例外にする理由はない。
さらに花粉症緩和米と花粉をカプセルに詰めたものは全くの別物であり、花粉症緩和米に含まれるスギ花粉の抗原は注射や舌下錠よりもアナフィラキシーのリスクはかなり低いとみられる。患者のためを思えば、開発に時間がかかる「医薬品」でなく、「食品」として使えるようにした方がメリットは大きいはずだ。
「医薬品」の開発に時間がかかるのは、安全性確保に必要な規制などを定めた医薬品医療機器法(薬機法)に基づく国による承認が必要で、効能と安全性を確認するヒト臨床試験(治験)や製造・品質維持にかかるコストや時間が「食品」とは比べ物にならないぐらい大きいためだ。そして、治験は基本的に製薬会社が実施する。
少人数の臨床試験でよい結果が出たものの、これまでは治験の実施を申し出る製薬会社はなかった。医薬品の開発に携わっていた唐木英明・東京大学名誉教授(薬理学、食品安全)は「花粉症緩和米は米のまま食べるのが最大の特長。医薬品とする場合、米のままで医薬品の厳しい規制をクリアするのは難しい。有効成分を抽出して錠剤やカプセルにするのであれば規制はクリアできるが、米のまま食べるという最大の特長がなくなるとビジネスにならないのではないか」と指摘したうえで、「多大な経費と時間をかけても収益が上がることを見込んで製品化を考える製薬会社が現れなければこの話は終わるだろう」と話す。
20億円の公費と可能性を無駄にするのか
今回は岸田首相肝いりの花粉症対策なのだから、名乗りをあげる製薬会社が一つぐらい出てほしい。花粉症を含むアレルギー性鼻炎の医療費は年間4000億円。また、花粉症による労働力低下の経済損失額は1日当たり2215億円との試算もある。花粉症緩和米が実用化されれば、医療費削減となるのはもちろん、日本経済の活性化にも役立つはずだ。
何よりこの米の開発にはこれまでに約20億円の公費が使われてきた。もちろん多額の税金をかけて研究しても実用化できないものはたくさんあるが、従来の治療法に比べ患者にとっての負担が少なく、ご飯を食べるだけで花粉症とおさらばできる花粉症緩和米をお蔵入りさせるのはなんとももったいないと思わないだろうか。