破滅型の棋士も多くいる中で、谷川浩司氏、羽生善治氏などの時代には棋士がスマートになっていく姿が、本書で紹介される著者の写真からも感じることができる。現在の将棋界を牽引している藤井聡太氏についても、プロデビュー前から記者会見の受け答えや立ち居振る舞いは完成していたと著者は高く評価するが、同感である。「無頼」とは対極的な姿がそこにある。
将棋界の歴史を写真で歴訪
さらに藤井氏に関して、加藤一二三氏とのプロデビュー戦を撮影していた著者は、対局中に中空を見つめる姿が印象的だったと振り返る。
「プロ入り直後からこれだけの注目を集めても、頭の中で目まぐるしく動いていく将棋の局面に集中している。藤井さんに見えている世界と他の人間が見ている世界は根本的に違うのだということがファインダー越しに感じた」と記すが、ベテランカメラマンならではの実感だろう。
本書ではグラビアページ以外でも著者が撮影した写真の数々が紹介される。雀卓を囲む大山氏ら昭和の棋士たち、中原氏・米長氏の真剣な対局写真のほか、海外対局でロンドンの街を歩く谷川氏と羽生氏、デビュー29連勝で最多連勝記録を達成した藤井氏など歴代のスターがそれぞれの時代をまとった雰囲気で写っている姿を見ると、将棋界の歴史を一気に展望できるような感じにとらわれる。
トップに立つ秘訣とは
著者は将棋の強さについても言及する。将棋界は天才が集まる中で、ごく一握りの棋士しかタイトルを獲得できない厳しい世界である。上位にいながらトップに勝てないで悩む棋士もいる。
トップ棋士とそうでない人の違いは何かという点について、著者が関係者に幅広く聞いたところによると、多くの答えは「間違えないこと」だったという。致命的な悪手を指さないということが将棋の強さであり、勝率の高さを維持するポイントであるという。
最近でも、相手方の大悪手で形勢が逆転したケースが藤井聡太氏の対局で見られたことは記憶に新しい。それほどまでに厳しい世界であり、人生にも通じるようなところがある。
一方、巻末に収録された著者と羽生氏の対談も面白い。羽生氏は将棋界についてこう語る。
『将棋界は、良くも悪くも曖昧な部分の多い世界でしたが、その「曖昧さ」によって、独自の価値観や個性豊かな棋士たちが守られてきたという側面が多分にありました。しかし、ルールを決めていけばいくほど、その「曖昧さ」が失われていくのも確かです。時代の変革のなかで将棋界の伝統、魅力をどのように守っていくのか、これは今後の大きな課題になると思います』