野球チームを立ち上げようとしたとき、周囲に言われた。「週末は野球ばっかりじゃなくて、家族で過ごす時間もほしいな」。齊藤さんは「そう思う人って、他にもいるんじゃないなと思いました。練馬や川崎にはありましたが、まだ家の近く(埼玉県富士見市周辺)にはなかったので、同じようなご家庭に需要があるのではと思いました」
予想以上の反響に驚かされた。SNSで募集すると、瞬く間に入会が相次ぎ、約2年で幼児と小学1~6年で約50人の大所帯となった。
練習も保護者の負担もほどほど
ゴリラのロゴやユニホームのデザインをプロの方に頼むほどこだわり、希望者が購入できるパーカーも作製した。小学5年になった長男、1年の次男も入会した。
月謝は3000円。小学校グラウンドなどは使わず、富士見市や近隣の有料グラウンドを使用するが、スポンサー企業が活動費を補助してくれることもあって、周囲の少年野球チームと大きな差はない。グラウンドを確保するための抽選などは齊藤さんが担い、保護者には求めない。
保護者に対しては、練習参加を強制しない。それでも、「子どもと一緒に野球をしたい」という保護者が自主的にコーチを引き受けてくれている。
保護者もコーチとして指導する際には、全員に学童野球連盟の指導者資格を取得してもらう。それでも人手は足りず、子どもたちの受け入れ人数は限界で、2年生以上の部員は募集停止の状態が続く。
大会には、PCGリーグに登録した。今年からは低学年と高学年の2チームでエントリーする予定だ。
このリーグも特色にあふれている。打者は1チーム14人までOKで、肩肘の負担から投手と捕手の交代は禁止。子どもたちは一度、ベンチに下がっても、何度でも交代で試合に出場することができる。「全員出場」が原則で、チーム内に「補欠」はつくらない。
練習時間を限定し、指導者による怒号や怒声を禁止するこうしたチームには一つの特徴がある。子どもたちに長い目で野球を続けてもらう方向性を探る一方で、「目先の勝利」にはこだわらないということだ。
練馬や川崎に先行してできたクラブチームに取材したときも脱勝利至上主義を強調している。齊藤さんも「うちのチームも練習をバリバリやっている学童チームのようなレベルにはありません」と首を縦に振る。
従来型のように、保護者が遠征に車を出し、会計や写真撮影、グラウンド抽選などの係を決めて、子どもたちの野球環境を整えることができるチームとは、練習量も実戦経験にも差があるのは当然だ。ただし、保護者からすれば、負担が少ないありがたい存在のチームであっても、実際に野球をしている子どもたちは、同じ世代の子どもたちとの試合でいつも負けることを簡単には受け入れられない。
声がかかった「夢の舞台」
「甲子園で試合をしませんか」。ミズノの担当者から齊藤さんのもとへ連絡があったのは、22年9月末のことだった。埼玉の予選大会の1回戦でコールド負けしたチームになぜか――。