実は、この大会のコンセプトは「楽しく、プレーすること」。指導者や応援にきた保護者が子どもたちに怒声を浴びせると、イエローカードが出される。
そんなコンセプトの大会にとって、ポジティブベースボールクラブの活動は「お手本」でもあった。
夢の甲子園でのエキシビションマッチの前日には、プロ野球阪神タイガースの2軍拠点である阪神鳴尾浜球場(兵庫県西宮市)で野球教室にも参加させてもらった。自主参加の遠征には26人が顔をそろえ、現地では米大リーグでも活躍した福留孝介氏が子どもたちに野球を教えてくれた。翌日は、甲子園の土を踏み、齊藤さんは「夢のような時間でした」と振り返る。
子どもたちの「勝ちたい」に応えるには
甲子園でのエキシビションマッチは、勝敗に関係なく、全員がグラウンドでプレーした。そして、このとき、子どもたちにこんな感情が強く芽生えた。
「また甲子園に行きたい」
今回は招待してもらえたが、次からはそうはいかないだろう。強豪ひしめく全国の予選大会を勝ち上がらないといけない。
齊藤さんはいま、頭を悩ませている。
「うちのようなチームは、勝利を前提とはしていません。それは、保護者の負担を考えたり、練習時間を週末の『4分の1』に絞るのだから、仕方ないと思っていました。しかし、子どもたちは、『勝ちたい』というモチベーションがあるんです。同年代の子どもたち同士の試合になれば、そうなりますよね」
チームのメンバーは野球の経験値は少ない子どもたちばかりだ。しかし、体操を習っている子、剣道で埼玉県大会に出場した子、サッカーで将来は強豪クラブのユース入りを目指している子、平日は塾で勉強に励む子……、色んな子どもたちが「野球も」頑張っているチームは、齊藤さんの誇りでもある。彼らには、他のスポーツや習い事で培った知恵もある。少ない練習時間でも頑張ろうというやる気がある。
コールド負けした1回戦も、齊藤さんは「チームができて1年。アウトが一つも取れなくても不思議ではなかった。楽しく、野球にチャレンジしてくれればいいと思っていました」と打ち明ける。実際には、大敗だったが、相手から2点をもぎ取ることができた。
チームのビジョンはもちろん、子どもたちが楽しくプレーすること。それを変えることはしないという。
「子どもたちが自分たちで作戦を考えて、一つのボールにみんながニコニコして追いかけていく姿をみていたい。だけど、一つくらいは、勝ちを目指す大会に出てもいいのかなと思っています。子どもたちは決して負けるためにプレーしていません。私が最初から勝負にこだわらないのはどうかな、と。試合は日々の練習の答え合わせだと思っていて、テスト(練習)で間違えたことを自分たちで考えながら進んでいってほしいなと思っています」
勝てなくても、幸運に恵まれて行けてしまった甲子園が、「勝って甲子園に行きたい」という目標を子どもたちに抱かせた。甲子園が、「楽しい」活動を続けるチームに、「勝ちたい」という新たなモチベーションを生み出してくれた。