2024年2月21日(水)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2024年2月7日

 「酔う」という生理作用を持つ食品は酒だけだ。酒は大脳新皮質の働きを抑えるので、本能を押さえつけている理性の働きが弱くなり、本能のままに行動できる快感がストレス解消になる。

 集団生活をする人間にとって対人関係は最大のストレスであり、これを一時的に緩和してくれる酒がどの時代も受け入れられたのだろう。といっても酒は簡単に入手できなかった。ヨーロッパでは修道院でワインやビールを製造し、日本では寺院で酒が造られ、宗教儀式や病気の治療に使われていたが、日本では江戸時代になって作り酒屋ができて飲酒が広まっていった。

アルコールの毒性

 多くの人が酒を飲むようになると、酒の害もまたよく知られるようになった。最近の疫学調査によれば、飲酒の量が日本酒換算で1日平均2合以上3合未満の場合はがん全体の発生率が1.4倍、1日平均3合以上では1.6倍に増加させる。ということは2合以下なら問題はないのだろうか。

 アルコールはエタノールという化学物質だが、すべての化学物質は量に応じた毒性がある。アルコールの毒性は次のようなものである。血中濃度が0.05%で気分が高揚し、0.08%で歩行が不安定になり、0.1%でまっすぐに歩けなくなり、0.2%で錯乱や記憶力の低下が起こり、0.3%で意識を失い、0.4%で死亡することがある。

 添加物や残留農薬を不安に思う人が多いが、その安全な量は実験動物に何の症状も起こさない量の100分の1以下とされている。アルコールは0.05%で明らかな症状が出るので、何の症状も出ない量はその100分の1程度だろう。すると安全基準は1000分の1以下になる。

 度数5%のビールを例にすると、体重50キログラム(㎏)の人が500㎖の中瓶1本を飲むと血中濃度は0.04%になる。何の症状も出ない安全な量は500㎖の1000分の1以下であり、ビール0.5㎖以下になる。あるいはビールの度数5%を0.005%以下に減らすことが必要だ。

 酒税法では度数が1%未満であればノンアルコール飲料に分類されるので、添加物や農薬の安全基準に当てはめると、すべての酒類はノンアルコールにしないと安全を保つことができないことになる。だから食品安全の観点から酒は全面禁止にすることになる。

 それだけではない。酒の上の暴力や犯罪、交通事故、そしてアルコール依存症は社会にとって深刻な問題である。回教は飲酒を禁止しているが、それは酔って問題行動を起こすことを防止するためといわれる。同じ理由で飲酒を禁止したのが米国だ。

禁酒法の教訓

 米国では1920年から33年まで禁酒法が実施された。運動を推進したのはキリスト教徒で、飲酒は悪、酒を提供する酒場は売春の場であり悪と考え、禁酒は社会を改善すると信じたのだ。

 ところが禁酒法の影響は深刻だった。ニューヨークでは何万軒もの「もぐり酒場」が生まれ、カナダ、メキシコ、キューバから酒が密輸され、飲酒量は禁酒法以前より増加したという。アル・カポネらシカゴの悪名高いギャングは酒の密輸と密売で大金を稼ぎ、警官や判事を買収するなど社会の腐敗を起こした。密売をめぐる暴力事件が頻発し、ギャングとの銃撃戦で500人もの米連邦捜査局(FBI)捜査官が殺され、2000人以上の市民やギャングも死亡したと言われる。

 このときカポネを逮捕しようとした財務省捜査官の活躍を描いた痛快な映画が『アンタッチャブル』だ。カポネは殺人や禁酒法違反ではなく、多額の収入を申告しなかった脱税の罪で逮捕され、サンフランシスコ湾に浮かぶ「脱出不能」と言われたアルカトラズ刑務所に収監され、病気で獄死した。

 禁酒法の悪影響が明らかになり、これに反対する意見が増え、1932年の大統領選挙ではフランクリン・ルーズベルトが禁酒法の改正を訴えて勝利し、禁酒法は廃止された。しかし、筆者が暮らしていた1980年代の米テキサス州ダラスでは酒を悪とする考え方が健在で、友人は風邪をひいたとき飲むホットウイスキー以外は奥さんに飲酒を禁止され、風邪を引いた日は妙に嬉しそうだった。ダラス市内は「ドライエリア」と呼ばれ、酒場は1軒もなかったが、郊外に出たところには西部劇風の酒場が並び、週末は大盛況だったことを思い出す。


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