2024年5月14日(火)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2024年2月7日

 禁酒法の教訓は、酒は確かに有害だが酒を求める人は多く、これを禁止すると密造酒や密輸をめぐる犯罪が増えるなど社会は大混乱になるので、リスクを最小限にするように配慮しながら付き合うしかないということである。しかし、これは一歩間違えると大問題になることを物語る出来事もある。

オピオイド危機の教訓

 オキシコンチンは米国の製薬企業パーデューファーマが1996年に発売した鎮痛剤で、慢性疼痛の革命的な治療法として広く使用された。オキシコンチンはモルヒネやヘロインと同様のオピオイドと呼ばれる麻薬だが、同社はこれが麻薬中毒を起こすリスクは1%未満で非常に低いと主張し、これを信じた医師が多くの患者に処方した。その結果、オキシコンチンは350億ドルの売上高となり、世界で最も売れた薬の1つになった。

 ところがオキシコンチンが麻薬中毒を起こさないというパーデューファーマの主張は嘘だった。オキシコンチンの使用者が増えるとともに麻薬中毒患者が続発し、死亡者も増加した。

 実は同社はオキシコンチンの中毒試験を実施せずに医薬品食品局(FDA)に使用を申請し、FDAのライト氏がこれを承認したのだ。当時のFDA委員長ケスラー氏は後にオキシコンチンの承認は「最悪の医療ミスの1つ」と述べている。ライト氏はオキシコンチンの使用を承認した1年後にFDAを去り、40万ドルのボーナスでパーデューファーマに雇用されている。

 麻薬患者の激増を「オピオイド危機」として2017年にトランプ大統領は医療緊急事態を宣言し、オキシコンチンの使用を制限した。ところがその結果、違法麻薬に走る中毒患者や禁断症状から自殺する患者が増えてしまい、政府はオキシコンチンを禁止することができなくなっている。

 米国のオピオイド危機は、いったん薬物中毒患者が増えてしまうと、問題の薬物を禁止することでさらに深刻な問題が起こるという、禁酒法と同様の教訓を示している。それでは酒の害を防ぐために何ができるのだろうか。

健康にお酒を飲む基準は?

 2010年に世界保健機関(WHO)は「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」を採択した。これを受けて日本では13年に「アルコール健康障害対策基本法」が議員立法で成立した。この法律に書かれている「酒との付き合い方」は次のように要約できる。

 「酒は国民の生活に豊かさと潤いを与える。また酒に関する伝統と文化が国民の生活に深く浸透している。他方、多量の飲酒は健康に被害を与えるだけでなく、家族への深刻な影響があり、重大な社会問題を生じさせる危険性が高い。このような『不適切な飲酒』による健康障害の発生、進行、再発の防止を図り、健康障害を有する者への支援の充実を図る必要がある」

 そして図に示すような10の基本的施策を定めている。それでは害の少ない飲酒とはどのくらいの量なのだろうか。

 WHOは、アルコールは量にかかわらず健康に影響を及ぼす可能性があるとして「安全な量」を示していない。他方、厚生労働省が推進する国民健康づくり運動「健康日本21」では、通常のアルコール代謝能力を有する日本人においては、死亡率を増やさない「節度ある適度な飲酒量」を1日にアルコール20グラム(g)程度とし、女性は男性に比べてアルコール分解速度が遅いため、これより少ない量が適当としている。また「生活習慣病のリスクを高める量」を男性40g以上、女性20g以上としている 。

 酒の種類とアルコール濃度を表に示す。ビールなら500㎖缶1本でアルコール量が20gになるが、度数9%のストロング系缶酎ハイ500㎖を飲むと36gと「節度ある適度な飲酒量」を大幅に超過し、「生活習慣病のリスクを高める量」に近づいてしまう。「害が少ない飲酒量」を守るためには、ビールなら500㎖缶1本、日本酒なら1合、ワインならグラス2杯、ウィスキーならダブル1杯、9%のストロング酎ハイなら350㎖缶1本(25g)にすることが必要だ。


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