2024年5月26日(日)

ニュースから学ぶ人口学

2024年3月8日

 また、年齢とともに妊孕性(にんようせい)が低下して、妊娠しにくくなる事実を理解していない若者も少なくないという事実はないだろうか。漠然と、長寿化したので結婚は遅くても構わないと考えているのかもしれない。

 所得や雇用は必須の条件である。それとともに次世代を担う若者自身の認識や主体性に働きかける必要がある。思春期から性や妊娠に関する知識を身につけて、自身のライフプランのなかで結婚や出産のタイミングを計画することが必要なのではないか。

 結婚を望む若者に対して出会いの場を提供する企画は多くの自治体で行われているが、それでは遅い。もっと早い時期から、自分の人生について考える場を提供するのが望ましい。

 2022年度から高等学校で金融教育を行うことが義務とされた。その中ではライフプランニングと金融の関係を学ぶことになっている。これに結婚、出産、育児、介護などに関わる人口に関わる内容も組み合わせて、より広い内容のライフデザイン教育を行なってはどうだろうか。

少子化対策は子を持つ親のためだけではない

 人口ビジョン2100におけるもう一つの重要な指摘は、国民の意識共有と、2100年を視野においた、総合的、長期的な「国家ビジョン」の策定・推進を掲げていることである。

 少子化対策の資金源をめぐって論争が続いている。政府の「実質的な負担は生じさせない」という説明が国民を納得させていない。「朝三暮四」のような説明をする政府に対して信頼感がないからだ。しかしそれだけではないだろう。国民の意識にも不十分な部分がある。

 少子化対策の恩恵を受けるのは、子どもと子育て真っ最中の人だけと理解してはいないだろうか。出生率を回復させ人口を安定させることは、労働力の供給、年金制度や介護保険制度の安定にとって必要な要件である。

 誰もが生まれてから死ぬまでの一生の間、それぞれのライフステージで何らかの公的な支援を受けているのだ。元気な働き盛りのうちは負担を担い、子ども、子育て、老後の期間においては支援を受けるという連帯の意識、お互い様という意識が希薄なことも問題だ。

 持続可能な社会の実現には、地域や社会の世代間継承が必要である。そのためには人口が維持されなければならない。子育てにおいては、母親だけでなく、父親、家族、地域、社会が連帯する「共同養育社会」の実現が求められている。

文明問題としての少子化対策

 現在の人口減少の源流は1974年にあった。この年に合計特殊出生率は人口を維持できる水準を割り込み、翌年からは2を下回るようになった。1973年10月に起きた第4次中東戦争によって発生した石油危機が直接のきっかけになったのは確かである。しかし人口に関する意識はもっと前から変わりつつあった。

 1960年代の世界は途上国の高い出生率を背景に、世界人口が40億人に向かって増加する人口爆発の時代だった。人口増加と経済成長が食料不足、資源不足、環境破壊、公害を進行させているとの危機意識が強くなっていた。国連は1974年8月にルーマニアのブカレストで、人口増加を抑制するための人口行動計画をめぐって第3回世界人口会議を開くことになっていた。

 日本ではそれに備えて、同年4月に厚生省の諮問機関である人口問題審議会が人口白書『日本人口の動向-静止人口をめざして-』を提出した。そこでは、副題に示されているように、出生率をさらに低下させて、人口が増えも減りもしない状態を実現すべきことが課題とされた。


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