2024年7月27日(土)

Wedge2024年4月号特集(小さくても生きられる社会をつくる)

2024年4月18日

多職種の意見が飛び交う
全員が対等な診療所

 「つながりと学びの場」として、小さいながらも地域を支える無床の診療所がある。滋賀県長浜市、伊吹山のふもとにある浅井東診療所は外来、在宅医療を行うだけでなく、デイケア(通所リハビリテーション)施設も併設され、日々、多くの利用者で賑わっている。

穏やかで笑顔があふれる浅井東診療所のスタッフの皆さん。写真前列左が松井所長

 所長は家庭医の松井善典氏。地元は長浜市に合併する前の旧浅井町で、診療所のすぐ近くだ。地元の滋賀医科大学に進学した当初は小児科志望だったが、大学4年生の時、本人だけでなく、その家族とも向き合う医療を実践する「家庭医」の存在を知ったのが転機となった。その後、師と先輩を追って北海道家庭医療学センターで7年間学んだ後、「高齢化の進む日本の地域に必要なのは総合診療のできる家庭医だ」と確信した松井氏は、12年に副所長の宮地純一郎医師と2人でこの地に着任し、14年より「教育診療所」として浅井東診療所の運営を開始した。

 医学部低学年向けのプログラムでは地域密着型の教育を実施し、「医学生として必要な想像力を養ってもらいます。大学で学ぶのは、いわば生活から切り離された医療です。でも、実際には患者さんの暮らしがあります。医者は患者さんが〝生活者〟であることを忘れてはいけません」(松井氏)。

 高学年向けには視野を広げるためのプログラムを用意する。地域医療を担う医師が求められる役割や、医療政策や制度がどう関わるのかについて、実際の関係者にインタビューをさせることで「地域の医者として働くこと」の解像度を上げるのだという。

 「学びの場」といっても、その対象は医学生や研修医に限らない。同診療所では多職種による「つながり」がさまざまな学びを生んでいる。取材に訪れた日の多職種カンファランスで、まさにその一部を垣間見た。

 医師の津田玲央奈さんが「この患者さんは腹水が抜けにくいんだけど、もっと負担を少なく抜けないかな」と問いかけた。

 すると、手技経験のある医師だけでなく、看護師や医療ソーシャルワーカー(MSW)など、そこにいるスタッフたちが次々に「こういうタイプのものを使うのはどう?」、「これだったら前に発注したことがあるかもしれません」、「(ネットで調べながら)あ、いいのを見つけたよ」と職種の垣根を越えた活発な意見を交わしていた。

患者さんへの処方薬について、診察した医師だけでなく、皆で話し合う

 松井氏は「患者と向き合うときに医者が全部やったら『医者の患者』になってしまいます。看護師でも医療事務スタッフでも、デイケアスタッフでも、みんなにどうしたらいいか聞けばいいんです。同じ患者、事例を見る仲間としてそこに優劣はありません」と話す。

 看護師の川瀬佳奈さんも言う。「ここでは看護師も医師と同等に意見を求められます。大変ですけど、人と関わるのは楽しいですよ。新人が入ると、世間話も地域や患者さんを知る上では絶対に無駄にならないので、相手に興味を持つように伝えています。この診療所は小さいけど、患者さんと膝を突き合わせて話すには、ちょうどいい距離感なんですよ」。

浅井東診療所には乳幼児から高齢者までさまざまな患者さんが訪れる

 全国でも珍しいが、松井氏は3年前、主に入退院調整や他の機関との連携を担当するMSWの寺村育美さんを迎えた。「当初は無床の診療所でもできることは何か模索する日々でしたが、 患者さんが最善の選択肢を見つけられるよう、自分がやれることを開拓し続けました」と話す。外部とのつながりを生かした研修を発案したり、患者と接する時間の長いケアマネからの情報を連携してくれる寺村さんは欠かせない存在となった。

 松井氏は言う。「医療は決して使い放題のインフラではありません。資源も限られた小さな診療所では、いろんな視点や声を集結させることが何より大事です。医師だけでなく、患者さんに関わる全員が患者さんのためにできることがないかを模索しています。それが学びになり、チームを強くしてくれる。『もう一声、もう一手、もう一歩』。これが浅井東診療所にしみついているモットーですね」。

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