2024年12月3日(火)

Wedge2024年4月号特集(小さくても生きられる社会をつくる)

2024年4月16日

「がらかぶ」がいるスポットまで案内してくれた宮川さん。小型船には「波に流されない機能」も搭載されていた(Wedge以下同)

 「これから狙う魚は何ですか」

 小誌記者が尋ねると、「がらかぶ」という答えが返ってきた。

 熊本県宇城市戸馳島は、天草を望む宇土半島の先にある。この地域ではカサゴを「がらかぶ」と呼ぶらしい。 

「アフターファイブから海釣りができるなんて、最高でしょう?」

 所有する小型船を操縦しながら、こう笑顔で話す宮川将人さんは数々の肩書を持つ。その全てに共通しているのは「戸馳島を希望あふれる地域にする」という揺るぎない信念だ。

 宮川さんが現在、手掛けているのは「TOBASE☆ジビエツーリズム」。

 戸馳島で「獣の存在を知り、農を育み、島で遊ぶ」ことを通じ、大自然の恵みと命の尊さを学ぶためのツアーで、がらかぶ釣りもその体験の一環だ。

 「まずは親に釣りの仕方を教え、今度は親が子どもに教えると、親がヒーローになります。そうすると子どもたちは『また親と釣りがしたい!』と思えるようになるんです」

 宮川さんは幼い頃から戸馳島で最初に花農家を始めた祖父と、日本一の洋ラン産地を目指そうと「五蘭塾」を立ち上げた父親の背中を見て育った。  

 「自分が勝てばそれで良いという思いなんて、これっぽっちもありません」

 こう断言する宮川さんは、熊本農業高校の園芸・果樹科を卒業後、東京農業大学で学び、米国・オランダで経験を積んだのちに家業を継いだ。「東京も、海外も知って、この島を選んだのです。僕はここから逃げません」

宮川さんは「JICA海外協力隊」の合格者が海外派遣前に参加する「グローカルプログラム」の受け入れ先としても活動する。直営のWEBショップ「森水木のラン屋さん」も人気が絶えない
いちご狩りの案内をしてくれた、長守爽さん。JICA海外協力隊合格者の一人で、本業は看護師。防衛医科大学校病院での勤務経験もあり、今後は西アフリカのベナンで活動予定だという

 海外で学び、島へ帰ってきたときに感じたことは「このままでは大切な地元がなくなる」という危機感だった。身近にあったフェリーも、通っていた小学校もなくなっていく……。

 1950年に3024人いた島の人口は、2020年に1103人まで減少し、50年には304人になると推計されている。「人が減るのはどうしようもない。そこで思考停止するのではなく、300人であっても島の生活をどうすれば楽しめるのか、徹底的に考えた」と宮川さんは言う。

 戸馳島三角町は、1880年代に三角西港が開港して以降、交通の要所として栄えてきた。だが、1960年代に天門橋など天草方面へ渡る橋が開通すると、戸馳島は次第に「通過される町」となり、寂れていったという。

 そんな三角町を目的地としてもらえるような、奇跡の一日をつくれないか――。そんな思いで、宮川さんが2012年から企画・運営に携わるのが「オールドカーフェスティバルinみすみ」だ。昭和時代の三角町を懐かしむことを目的に、旧車を愛する人が九州中から1万人集う。

 「観光って、『光を観にいく』って書きますよね。地元が光っていなければ、人は来ません。そこに住んでいる人がキラキラしていたら必ず人は来る。人はモノではなくてヒトに吸い寄せられるんです」


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