「地元を希望であふれる地域に」と励んできた宮川さんに転機が訪れたのは16年のことだ。友人の母親が懸命に耕してきたみかん畑が、イノシシに食い荒らされてしまったのだ。「もう農業を辞めてしまおうか」と話すその姿を見て、事態の深刻さを知った。
鳥獣害が離農のきっかけになり、やがて耕作放棄地が増え、味を覚えた獣はさらに人間のいる生活圏へと近づき、畑を食い荒らす……。
希望を失う農家をこれ以上増やしたくない。宮川さんは奮起し、「くまもと☆農家ハンター」を立ち上げた。
しかし、「自分たちの畑は自分たちで守る」を合言葉に発足したものの、ノウハウはゼロ。クラウドファンディングで集めた支援金で箱罠を20機購入したが、活動開始から7カ月もの間、イノシシがかかることはなかった。
島に住む唯一の狩猟者にアドバイスを求めても、「背中で覚えろ」「イノシシの気持ちになって考えろ」の一点張りで、心が折れそうにもなった。
自分たちがバカだった
イノシシの行動で目が覚める
当初からICT技術の活用を見込んでいた宮川さんは、箱罠の一角にカメラを設置していた。イノシシが獲れず悩んでいたときにカメラの映像を見返してみると、姿を現したイノシシはカメラをじっと見つめて、箱罠を避けていたのだ。
「見ていたんですよ、カメラを。心の中で『イノシシはバカだ』と思っていた自分たちがバカだったんですね」
ここで目が覚めた。それ以降、専門家にコンタクトを取り、イノシシのことを徹底的に学んだ。イノシシは1日に6時間から8時間、地面を鼻で掘り起こしながら過ごすことや、箱罠の中にはウリ坊を先に入らせて、安全を確認してからようやく親イノシシが入ってくることなど、彼らの習性を知った。
仕掛けにも工夫を凝らした。カメラは箱罠を見下ろせる高い位置に設置したほか、従来よりも山奥に箱罠を設置するなど、「微調整」を繰り返すと、順調に捕獲数が増えていったのだ。
設置した箱罠の位置情報を地理情報システム(GIS)に落とし込み、地域の人たちと一緒に評価・改善する「箱罠PDCA」を回すことにも積極的に取り組んだ。
活動の中で、イノシシを介したコミュニケーション、通称「イノコミ」が伝播していく。これまで関わりの薄かった人たちが、イノシシという共通のテーマでつながり、若手農家同士や地域内の交流も深まったという。
「髪を染めて、どこにエネルギーを使えばいいのか分からない、やんちゃな青年たちの目の色が変わっていくんですよ。イノシシを捕獲して農家からも褒められて、ありがとうと言われてね。『求められる』ことで人の人生って変わるんです。これこそが一番のやりがいです」と宮川さんは語る。