派遣の医師はいらない
「愛着」を育む独自の取り組み
多くの人を受け入れられるようになった背景には看護師をはじめとする医療従事スタッフが増えたことも大きい。江角氏が院長になった当初は、へき地での採用の難しさを痛感したという。だが、それを劇的に改善させたのが「病院まつり」だった。
「当時はひどい赤字経営で、スタッフのモチベーションも病院への信頼も明らかに低下していました。自分たちで『病院まつり』を一からつくり上げて成功すれば、自信がつき、集まった地域の人たちの笑顔と感謝でモチベーションも上がると確信していました」
実施初年度の16年には1500人が来場し、お祭りは大成功。江角氏の狙い通り、看護師らが率先して自らの知人や友人に志摩市民病院を就職先として紹介するようになったという。
全国的に医師不足が叫ばれる中、地方の病院では提携する大学病院からの派遣医に頼っている場合も多い。だが、同院では派遣を断り、地域医療を志す学生・研修医の育成に力を入れる。
「ただ派遣されただけでは、『その地域のために働こう』とはなりにくい。地域のために働いてもらうためには、〝愛着〟が重要なんです。だから、一緒に働きたいと思える人を自分たちで育て、地域や人に〝愛着〟を感じてもらうことで、いつかここに戻ってきてもらえればと思っています」
同院には年間で中学生や高校生も含め、およそ300人が地域医療実習に来るという。院内には、実習生の顔写真と出身地や抱負が書かれた自己紹介シートが患者にも見えるところに掲出されている。実習では学生も患者を受け持ち、主担当としてコミュニケーションを取る。そして、毎朝行われる「プレゼン」では、担当の患者さんに関して、本人の発言や、数値などの実態、所見、今後の治療やケアの方針などについて端的に説明し、指導医からのフィードバックをもらう。
三重大学医学部4年の服部圭真さんは「研修にあたって『患者さんを幸せにしてください』とだけ言われました。大きな病院では見学しかできないことが多いですが、ここでは自分で考えて、治療方針も企画しなければならない。大変ですが、こんなにも患者さんと向き合う経験はなかなか他ではできません。実習中、志摩のいろいろなところにも行きたいですね」と話す。
また、同院で働くようになって2年目、かつて京都の大きな病院で勤務医をしていた林俊太医師は、この町で働く魅力についてこう話してくれた。
「在宅診療で町を回ると、患者さんがそこで生活している姿を想像できるようになります。退院後、誰とどんな暮らしをするのかを考えたりすることで思い入れが一層強まりました」
志摩市民病院の取り組みは昨今、海外からも注目されており、米マサチューセッツ工科大学から共同研究の提案も来ているという。
江角氏は力強く言う。「過疎地域の医療に必要なのは医師の数をいたずらに増やすことではありません。その地に〝愛着〟がある人たちで支え合えれば、人数は少なくてもやっていけます。へき地であっても、日本の地方の高齢者を幸せにすることは、将来的には世界の人々を幸せにすることにもつながるんです。そのロールモデルをここでつくっていきたいと思っています」。