2024年11月22日(金)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2024年5月9日

米国にドーム球場が減った理由

 けれども「ボールパーク」の概念において、最も重要なのはエンタメ性や食事ではない。そうではなくて、圧倒的な空間の魅力ということだ。これはドーム球場の概念の正反対と言ってもいい。

 米国では1970年代以来、一時期ドーム球場がブームとなった。ヒューストンのアストロドームをはじめ、シアトル、ミネソタなど、各地でドーム球場が建設されて話題となった。全天候型であるから雨天中止がなく、冷暖房が効いていて快適なドーム球場は、先進技術の成果として歓迎されていた。

 だが、90年代からこの考え方は急速に衰えていった。理由としては、もっと自然を、具体的には日光と天然の風を感じたいということがある。

 さらに天井を取り払うことで、圧倒的な開放感があるし、また周辺の自然との調和なども感じられる。その先駆となったのは、ボルチモア・オリオールズの本拠地「カムデン・ヤーズ」である。

 正式には「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」というこの球場は、左右非対称な設計、隣接するレンガ造りの倉庫との調和など「クラシックなテイスト」のある「都市再生のデザイン」が評価された。そして圧倒的な開放感があることが、観客にも選手たちにも大好評となった。米国に「ボールパーク文化」をもたらしたのは、この球場の成功が契機となっている。

 以降は、シアトルのキングドームが廃止されて、開放感のある可動式屋根を持つTモバイル・パーク(旧称セーフコ・フィールド)になったのが話題となるなど、ドーム球場の廃止が相次いだ。草分け的存在だったアストロドームも廃止されたし、春秋には冷え込むミネソタのメトロドームの後継として建設されたターゲット・フィールドが、屋根のない球場として成功するなど、現在はこのトレンドが主流である。

 ちなみに、米国人が室内型球場を嫌いになったわけではなく、アメリカン・フットボールの場合は、シーズンが秋から冬ということもあって、プロ、アマともに、最近でもドーム球場が数多く建設されている。もっと言えば、4大スポーツの残り2つ、バスケットボールとアイスホッケーは、いずれも室内競技場が主となっている。

 けれども、やはり野球に関しては開放的な空と風を感じる中で、天然芝のまぶしい色を楽しみながら観戦するというのが、完全に主流になっている。その開放感は何物にも代え難いからだ。

 特に、ゲートから入場して通路をめぐり、自分のシートのある場所を見つけて、スタンドに出た際にパッと空間が広がる感じは何物にも代え難い。その際に、昼ならば青空と陽光、夜ならば眩しい照明に照らされて光る天然芝の緑が目に飛び込んでくるのは感動的だ。

 さらに言えば、野球の「華」というのは何と言ってもホームランだが、豪快な打球が広い空に巨大な円弧を描いていく、その美しさにファンは魅了される。今、大谷翔平選手がホームランを量産することが、全米を興奮させているが、現在の「ボールパーク」の思想、特に美しく広大な空間の設計が、その打球を美しく見せているということも野球の魅力を高めていると思われる。

周辺との〝親和性〟

 空間の魅力ということでは、立て込んだ市街地に球場を建てるよりも、周囲の空間を大事にするということもある。市街地にある伝統的な球場としては、ボストンのフェンウェイ・パーク、シカゴのリグリー・フィールドなどの例外はあり、歴史の重みから愛されている。けれども、近年建設された人気球場はいずれも周囲の空間との調和が重視されている。

 例えば、フィラデルフィア・フィリーズの本拠、シチズンズ・バンク・パークは、広大な敷地(スポーツコンプレックス)に建っているのが特徴だ。巨大な駐車スペースを確保し、その中に野球場、フットボール球場(イーグルスの本拠)、バスケットボール球場(76サーズの本拠)があり、その空間のスケールが魅力となっている。


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