2024年12月6日(金)

スポーツ名著から読む現代史

2024年5月8日

 感動的なKO劇だった。大型連休最後の5月6日、東京ドームで行われたプロボクシング世界スーパーバンタム級4団体統一王者、井上尚弥の防衛戦。挑戦者の元世界王者、ルイス・ネリ(メキシコ)に1回、ダウンを奪われながらも2回にダウンを奪い返し、6回に逆転のTKO勝ちをおさめた。

井上尚弥はネリへの逆転KOで、またも強さを見せた(西村尚己/アフロスポーツ)

 東京ドームでのボクシング世界戦は、ヘビー級のマイク・タイソンの試合以来34年ぶり。日本人ボクサーがこれほどの大舞台のメインイベントに登場するのは初めてで、まさに「井上ならでは」の快挙でもあった。

 2014年、井上が世界初挑戦でWBCライトフライ級のチャンピオンになって以来、日本のプロボクシング界は「怪物」井上を中心に回ってきたと言っても過言でない。次々と階級を上げ、そこでも圧倒的な強さを発揮してきた。大リーグの大谷翔平を仰ぎ見るように、われわれは井上の快進撃に魅了され続けている。

 その井上の「強さ」を言葉で表現するとしたらどうなのか。スポーツライターとして力量が問われるテーマだが、筆者自身、かつてボクシング記者として悩み、苦心を重ねてきたテーマでもある。

 そこに真摯に取り組んだ記者がいる。今回紹介する『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』(講談社)の著者で、東京新聞運動部の森合正範記者だ。

 井上の試合を何度も取材し、その強さを記事にしてきた森合記者だが、自分の原稿が井上の強さを読者に正しく伝えているのか。そんな時、知り合いの雑誌編集長からヒントをもらう。井上に敗れたボクサーに、井上の「強さ」を語らせてはどうか。

 スポーツ取材の手法としては決して新しいものではないが、敗者にきちんと語らせることができるか。それが生命線となる中、森合記者は見事に応えてみせた。

 ネリ戦の興奮が冷めやらない中、井上の強さはどこにあるのか――。再確認する意味でも、目を通しておきたい好著だ。


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