第一外科では心臓だけでなく、肺や消化器など、あらゆる臓器の手術を行っていた。胆石を摘出する手術に内視鏡が取り入れられはじめた際、渡邊は「これは心臓手術にも使えるのではないかと思った」という。
「当時、心臓手術では『良い医者ほど大きく切る』と言われていましたが、症例数を重ねるほどに、その術式に疑問を持つようになっていました。患者の負担を考えれば、傷は小さい方が良いのは明らかですから。ただ、穴だけで治療をする内視鏡を心臓に応用しようなんて、当時の常識では考えられないことだったのかもしれません。第一外科で網羅的に人間の臓器や術式を見ていたからこそ生まれた発想でした」
内視鏡であらゆる手術ができないかと模索していた時、渡邊は米国で内視鏡を用いた手術支援ロボット「ダヴィンチ」が使われていることを知った。ダヴィンチ手術では、小さな切開部から内視鏡カメラとロボットアームを挿入し、医師が3Dモニターを見ながら、手指のように動く鉗子を遠隔で操作することで外科的治療を行う。
「ロボットは世の中を変えるに違いないと確信しました。当初は研究費を5000万円費やして、自ら同様のロボットを開発しようと試みましたが、設計図しかできませんでした。完成したとしても、その先に製品の許可申請や患者の保険不適用といった壁がいくつも待ち受けていることを知り、購入する方が早いと方針転換をしました」
日本での実績がない2億円以上もする機械の購入に対する予算の優先順位は低く、大学との交渉は難航を極めた。だが、地元政治家の協力もあり、何とか導入にこぎつけることができた。
患者と向き合い続けるために
自ら病院を設立
ダヴィンチ導入後、多くのロボット手術をこなす渡邊だったが、同時に、大学病院ならではのもどかしさも募っていった。
「大学病院では患者が何時間も待たされたり、診察ができても今度は検査の予約が1カ月先まで埋まっているなんてこともある。医師と患者の双方にとって無駄が多かった。さらに国立大学の病院では手術を行うチームは固定ではありません。繊細な技術やスピードが求められる中、麻酔科医やオペ看護師と〝初めまして〟のチームでは、自分の力を正しく使うことはできないと思いました。加えて、さまざまな会議体への出席を求められるなど、患者と向き合う時間が少なくなりました」
一念発起した渡邊は14年、東京の杉並区に「ニューハート・ワタナベ国際病院」を設立し、精鋭たちを集めた固定のチームで手術に臨んでいる。
「どれだけ多くの人を助けたいと思っても、不条理な世の中ではすべての人が平等ではありません。負担の少ない手術方法があったとしても、それが患者の〝選択肢〟として存在しなかったら無意味です。多くの人を助けることができれば、その実績を多くの人が知ってくれて、さらに多くの人を助けられる可能性につながります。だからこそ私はできる限り患者に向き合う時間を増やしたかったのです」