失敗の許されない環境で
チャレンジし続けられる理由
渡邊は心臓という失敗の許されない領域で、多くの命を救うために技術を磨き続けてきた。
「昔は若かった部分もあります。『自分ならできる』と思っていたし、海外で誰かがやっているのであれば自分にも絶対できるとも思っていました。ただ、慢心にならないよう、海外の好事例を論文で見ては、出血量、手術時間、出来上がりの成績といったあらゆる指標を自分の現状と比較して、自分が今、『座標』のどのあたりにいるのかを確認しています」
ただし、これらは決して自己満足のためだけではないと渡邊は言う。
「われわれの仕事は、自分の能力を把握しておかないと、結果として患者が不利益を被ることになります。心臓という領域では『とりあえずやってみよう』という無謀な挑戦をして失敗をしたら、患者を死なせてしまう。自分の目の前で自分が手術している人が亡くなることほど辛いことはありません」
どれだけの鍛錬を積んでも、渡邊にも救えなかった命がある。だからこその覚悟が渡邊の言葉ににじみ出る。
「心臓外科医は100%勝たなければならない。二流の『医師』は治りが遅くなるだけで済むかもしれないが、二流の『心臓外科医』は命を奪ってしまう。医師として失格です。基本の手術ができることは当たり前で、そのための研鑚は心臓外科医であるための必要条件でしかありません。そして、研鑚を積むにも単なる反復練習では意味がない。次に何が起こるかを予測して、広い視野で物事を見ることができなければ、一流の領域に到達することはできないでしょう」
医療機器と人間の両輪の進化
渡邊が描く未来
患者の負担軽減を追求して導入されたダヴィンチ。同院では初期モデルからアップデートを重ね、現在は第4世代のモデルを使用している。
「最終的な理想は人間の身体に傷をつけないようになることです。つまり、外科手術は減り、カテーテル治療のような形に帰結していくのではないかと思っています。ただ、それを医師の技術力向上だけで実現させるには限界があります。同時に医療機器の進歩も欠かせません」
医療機器の進歩は人間の力を不要にするわけではない。むしろ逆だ。
「今はまだロボット導入の過渡期にあり、操作も複雑で選ばれし者しか使えないかもしれませんが、進化すればみんなが同じように使えるロボットが必ず出てきます。ただ逆に言えば、その時に差を生むのは『人間』の部分。難易度の高い手術や、手術時間を短くして患者負担を少なくできるかは、いかに腕を磨くかにかかっています」
渡邊は5年連続で世界トップのロボット手術の実績を誇るが、「人間は劣化していくものだ」と自戒し、今も自らの腕を磨き続けている。
「いまだにやればやるほど、手術時間は短くなっています。年齢が上がるごとに効率も上がっていることを実感しますし、もっと違う方法はないかと日々、模索しています。私から手術をとったら何が残るのか、と思うほどに日々手術のことばかり考えています」
何件もの手術を終えて帰宅した後でも、夜な夜な海外の手術動画を見ては刺激を受け、参考になりそうな良い術例はチームにも共有しているというから驚きだ。
常にアップデートし続けている渡邊には、これから実現したいことがたくさんある。
まず、同病院で目指すのはロボット治療での日帰り手術だ。
「術後、患者さんがどれだけの日数で退院できるかは、手術中の技術だけでなく、麻酔などの前後の要素も関わってきます。そのため、術者以外のスタッフの技量向上にも力を入れたいと思っています。また、最近は麻酔の負担を軽減するために、漢方にその突破口がないかを探ったりしています。西洋医学だけに囚われず、東洋医学との融合にも挑戦したいですね」
渡邊はこれまでも領域や縄張りを超えて、未開の地点に到達してきた。次は自らの「心臓外科」という領域すらも超えようとしている。
「今は目に見えている悪いところを治すことが医療ですが、これからやってみたいと思っているのは、糖尿病を胃の手術で治すといった、内科領域の機能を外科的アプローチで改善させる『機能外科』です。これを心臓でもやりたい。これが実現できれば、『心臓神経外科』という新しい領域が生まれるのではないかと思っています」
医師を志して50年たった今も、まだその目はブラックジャックに憧れた少年の時のまま、新しい未来を見据えて輝いていた。(文中敬称略)