転換期の混乱
今後は「自由で開放的な」ではなく「安全で信頼に足る」インターネットが追求されていることを、EUのデジタルサービス法を手がかりに解説した。「安全で信頼に足る」インターネットを実現する主体は誰なのだろうか?
EUのデジタルサービス法の趣旨は、オンラインサービス事業者を各国政府が監督するというモデルが土台にある。我々はここで2つの点に留意しなくてはならない。
まず、インターネット上を流れる情報への国の規制は、中国含む多くの権威主義国家において、20年以上前に確立したシステムだということである。例えばイランのコンピューター犯罪法の21条は、オンラインサービス事業者が犯罪を喚起する情報をブロックしなかった場合に、ペナルティを課す。トルコの裁判所は政治指導者を侮辱する動画があるという理由で繰り返しYouTubeをブロックしてきた。ロシアの法は検索エンジンが信頼できないあるいは不適切な検索結果をブロックすることを求める。
民主主義国家は、このような規制を、表現の自由を損なうものとして舌鋒鋭く批判してきた。自らが批判してきた規制を20年遅れで導入しているのではないかという批判を受けぬよう、規制の対象、プロセス、罰則の重さなどには高い透明性が求められる。「安全で信頼に足る」場を実現するための仕組みは、決して中国やロシアの制度のコピーであってはならない。
次に海外で、事業を展開する日本のオンラインサービス事業者は、「たんなる通信路」という認識から脱却する必要がある。メッセージングアプリを提供する日本企業の社員がタイの警察に逮捕される、通信の匿名化を実現するVPN(仮想私設線)サービスを提供する日本企業の社員がトルコで逮捕されるといった事態が、荒唐無稽とは言えなくなってきたからだ。
オンラインサービス事業者は、最悪のシナリオに備えて、サービスの運用ルール、ユーザーのデータの扱いのルール、現地で違法性があるコンテンツの削除ルール、現地法執行機関との連携窓口などを明らかにしていく必要がある。
インターネットのあるべき姿は「自由で開放的」から「安全で信頼に足る」へとシフトしつつある。転換期であるが故の混乱は、今後もしばらく続くであろう。(文中敬称略)