まず先軍第1の脅威認識であるが、判決文は張成沢が「改革家」との評価を利用し「新政権」の国際的承認を得ようとしていたと糾弾している。それによると張成沢は、米韓の戦略に便乗し、内部から国家を崩壊させる企図だったのだという。これこそが先軍政治の生まれる契機となった北朝鮮の懸念であった。
こうした懸念は、2012年の改正で憲法序文に加えられた文言に示される(図参照)。金正日が先軍政治で立ち向かった危機として、社会主義諸国の崩壊があげられているが、これは外国軍の侵攻でもたらされたものではない。経済難に伴う敵対思想の内部浸透が原因である。米韓の戦略に便乗する「改革」理念をもって体制を内部崩壊させるという、判決文における張成沢の陰謀もこれに類似する。
先軍政治で軍に要求されるのは、こうした潜在的な国内紛争で体制側勢力の一翼として、人々を指導者に従わせる中心的役割を果たすことである。金正恩も先軍に関する談話で「革命軍隊が先頭に立って軍と全人民が一心同体」になるとし、軍と人民と党の「一心団結」を「首領を中心として」確固たるものにしたと先代を称えている(13年8月25日)。
そこに反映されているのは、軍が他勢力に奪われることへの恐れである。この発想からは、軍隊が属すべき代替勢力を生み出しかねない集団指導は忌避すべきだろう。こうした先軍第2の脅威認識と、張成沢への死刑判決は一致する。判決に基づくと張成沢は、「改革」理念を軍人に浸透させ、金正恩を倒すクーデタに参加させようとしていたことになる。
これに関連し、内部の敵である韓国からの攻勢として先軍第3の脅威認識も生じる。日中などと異なり韓国と北朝鮮は同一民族である。このため軍人も含め、北朝鮮地域の住民が韓国を支配体制として望ましいと認識することが充分にあり得る。
実際、張成沢が「社会主義制度の転覆」のため掲げたとされる「改革」は北朝鮮にとって、韓国側の政治体制を浸透させる理念である。以前に北朝鮮は、金正恩政権に「改革」の意図があるとする議論が韓国内で増加したことに対し「腐りきった制度を強要する『改革、開放』のホラ」として「社会主義の道」に変化はないと非難していた(12年7月29日)。
こうした非難にもかかわらず北朝鮮は、従来の社会主義をそのまま継続しようとしているわけではない。例えば右の非難声明も、社会主義建設で「改革」しない分野はなかったと述べていた。13年11月には外資を意識した「特殊経済地帯」も設置された。しかし改革には、既存の政治体制を否定する概念が浸透する恐れが伴う─それが北朝鮮の韓国非難の背後にあるディレンマである。