2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2014年1月21日

 このディレンマは「金日成民族」という用語に結びつく。かつて金正日体制はこの用語を「制度第一主義を具現」するとして打ち出した。政治体制としての「社会主義」を守る上で、韓国と共有された民族アイデンティティから距離を取る理念も必要だとの認識を強く示唆する。実際、金正日政権は「我々式の社会主義」が「金日成民族の永遠なる生活のよりどころ」だとして、金日成民族のアイデンティティと「社会主義」を直結させた(02年1月1日、新年共同社説)。

 「社会主義強盛国家」を約束した金正恩の初演説も「金日成民族—金正日朝鮮」の未来を謳っていた(12年4月15日)。「社会主義」防衛と、同一民族たる韓国の浸透の防止は密接に連動している。張成沢から全権を剥奪する理由として挙げられた通り、「敵対勢力の反共和国圧殺に投降」することは外国軍に降(くだ)ることではなく、「階級闘争」つまり民族内闘争の放棄なのである(『労働新聞』13年12月9日)。

後見人に依存しない体制

 それでは判決の通り張成沢は先軍概念の脅威を全て体現するほど強力な指導者だったのか。おそらく事実ではない。北朝鮮が世襲のため注力してきた先軍政治の補強は、張成沢のような個人に集中した力を与えるものではなかったからである。

 金正日政権の末期における、軍への統制装置としての先軍政治の補強で最も直接的だったのは「後見人」配置ではなく、朝鮮人民内務軍という組織の新設だった。

 金正恩はこれを朝鮮人民軍とともに「我が党の2大武力」と位置づける(13年5月1日など)。「2大武力」との表現は内務軍と人民軍の競合関係を示唆するが、実際に内務軍の任務は「全軍に最高司令官同志の唯一的領軍体系をいっそう徹底して打ち立てる」ことである(朝鮮中央通信12年7月18日)。内務軍司令官を人民保安部(警察)の第1副部長が兼務していることを踏まえると、金正恩の指揮統制を軍外の機関が担保するようになったと言えよう。

 この「2大武力」制は、反逆者が一方の組織を掌握しても他方が体制転覆を妨げる仕組みでもある。実は、内務軍設置にあたって人民武力部から多くの兵力を移管したとも伝えられている。軍の分割は、政治勢力が統制を維持する試みとしてドイツなどに先例がある。唯一領導者たる金正恩を除けば、分散した権力しか持てない体制を北朝鮮は構築してきた。

 他方で張成沢の処刑では特別軍事裁判を運営した国家安全保衛部(秘密警察)が目立った。内務軍を傘下に置く人民保安部は、権力継承期にこの組織との競合関係も強めた。


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