2024年11月28日(木)

BBC News

2024年11月28日

ジェレミー・ボウエン国際編集長

レバノンでは大勢が、一刻も早い停戦を願っていた。ローマで開かれている中東関連の会議に私は出席しているのだが、そこでレバノンの著名アナリストは、停戦の時刻が近づくにつれて眠れなかったと話した。

「まるで子供の頃のクリスマス・イヴみたいだった。待ちきれなかった」

ほっとする理由はわかるだろう。レバノンでは、イスラエルの攻撃で3500人以上の民間人が命を落とした。多くの避難民は自宅に戻るため、車に荷物を詰め込んで夜明け前に出発した。戻った先で、自宅は破壊されているかもしれないのだが。

イスラエルの軍事行動によって、100万人以上が避難を余儀なくされた。数千人が負傷し、数万軒の家が破壊された。

しかしイスラエルでは、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラにもっと大きな打撃を与える機会を失ったと感じる人もいる。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イスラエル北部の自治体の首長たちと会談した。北部からは約6万人の市民が南部に避難し、街はゴーストタウンと化した。

イスラエルのニュースサイト「Ynet」によると、この会合では怒号が飛び交う羽目になった。一部の地方当局者は、レバノン国内にいるイスラエルの敵に対して、イスラエル政府が圧力を緩めたことに怒っていた。イスラエル市民帰還のため直ちに実行する計画を、政府が提示していないことにも不満を抱いていた。

国境に近いキリヤト・シュモナの市長は新聞コラムで、停戦が実現するのか疑問だと書き、レバノン南部に緩衝地帯を設けるようイスラエル政府に要求した。イスラエルのテレビ局チャンネル12ニュースが実施した世論調査では、停戦の支持者と反対者がほぼ同数だった。

調査に回答した半数は、ヒズボラが敗北していないと考えている。30%は、停戦合意が破綻すると予想している。

9月下旬にニューヨークで開かれた国連総会では、合意が間近に迫っているように見えた。アメリカとイギリスの外交官は、今回発効された停戦に非常に近いものが実現しそうだと確信していた。

戦争の全当事者は、2006年のレバノン戦争を終結させるために採択された「国連安全保障理事会決議1701号」の条項に基づき、停戦を受け入れるつもりの様子だった。今回もこの安保理決議に基づき、ヒズボラは国境から撤退し、国連レバノン暫定軍(UNIFIL)とレバノン軍がその代わりに配置されることになっていた。両軍が進出に伴い、イスラエル軍は徐々に撤退する予定だった。

しかし、ネタニヤフ首相は国連の演壇に立ち、イスラエルの攻勢を一時停止することなどしないと、停戦を拒否する激しい演説を行った。

ニューヨークの国連本部から市内のホテルに戻ったネタニヤフ氏は、ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララ師とその幹部の暗殺を命じる瞬間を、公式カメラマンに撮影させた。首相官邸はその写真を公開し、アメリカの外交努力にケチをつけた。計算ずくの行動だった。

ナスララ師暗殺は大々的なエスカレーションで、ヒズボラにとって大打撃となった。それから数週間にわたり、イスラエル軍はヒズボラの軍事組織に甚大な被害を与え続けた。確かにヒズボラは依然として境界線を越えてロケット弾を発射し、その戦闘員はイスラエルの侵攻部隊と交戦を続けている。しかし、もはやイスラエルにとってヒズボラは、かつてのような脅威ではなくなっている。

「物資補充」の時間だとネタニヤフ首相

軍事的に成功したことが、今こそ停戦の好機だとネタニヤフ氏が判断した一因だ。

パレスチナ・ガザ地区やその他のパレスチナ被占領地でイスラエルが目指していることに比べると、イスラエルがレバノンで目指している目標は限定的だ。イスラエルはヒズボラを北部の境界から押し戻し、自国民が境界沿いの町に戻れるようにしたいのだ。

イスラエルはアメリカから、ヒズボラが攻撃準備をしているようなら軍事行動を取ってもかまわないと、同意書を取り付けている。

ネタニヤフ氏は事前に撮影した声明で停戦決定を発表し、その時期が来た理由を列挙した。イスラエルはベイルートの地面を揺るがしたのだと力説し、今こそ「我々の部隊に休息を与え、物資を補充する機会がある」と続けた。

イスラエルは、ガザ地区とレバノンの連携も断ち切った。昨年10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエルとの戦争を開始した翌日、ヒズボラのナスララ師はイスラエル北部への攻撃を命じ、ガザで停戦が成立するまで攻撃を続けると主張していた。

ガザのハマスは今後、いっそう圧力を受けることになるとネタニヤフ首相は話した。パレスチナ人は、イスラエルのガザ攻勢が再び激化することを恐れている。

停戦のもう一つの理由は、ネタニヤフ氏が「イランの脅威」と呼ぶものに集中するためだった。ヒズボラへの打撃は、イランへの打撃を意味する。ヒズボラは、イスラエルをその国境沿いで直接脅かすためにイランが育て上げたもので、イランの「抵抗の枢軸」内の最強勢力だった。「抵抗の枢軸」とは、イランの同盟国や代理勢力で構成された前進防衛ネットワークを指す。

なぜイランは停戦を求めたのか

生き残ったヒズボラ幹部と同じように、彼らを支援するイランの政府幹部も停戦を望んでいた。ヒズボラは、傷をいやすための休息を必要としている。イランは地政学上の損失続きを食い止める必要がある。「抵抗の枢軸」はもはや抑止力を失っている。ナスララ師の暗殺後にイランはイスラエルをミサイルで攻撃したが、自分たちが受けた傷に見合うほどの効果はなかった。

ヒズボラは、イスラエルがレバノンだけでなくイランを攻撃するのを抑止するよう設計された。しかし、ヒズボラをそういう組織にした2人は、すでに暗殺された。一人は、2020年1月にイラクのバグダッド空港でアメリカのドローン(無人機)攻撃に殺害された、イラン革命防衛隊コッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官。この命令はドナルド・トランプ氏が、第1次政権の末期に出したものだった。もう一人のナスララ師は今年9月、ベイルート南郊で大規模なイスラエルの空爆によって殺害された。

ヒズボラとイランの抑止戦略は、2006年の戦争終結後、ほぼ20年間にわたりイスラエルの抑止力と拮抗していた。しかし、昨年10月7日にハマスから襲撃されたイスラエルは、自分たちが展開する報復戦争について一切の制約を受け付けないと決めた。これは、10月7日の攻撃が中東情勢にもたらした多大な変化のひとつだ。イスラエルにとって最も重要な同盟国のアメリカも、提供する武器の数量や使用方法にほとんど制限を設けなかった。

ナスララ師とイランは、事態を見誤った。イスラエルがどう変わったのかを理解していなかった。ヒズボラとイランはイスラエルに消耗戦を強いようとしたし、1年近くはそれができていた。しかしイスラエルは今年9月17日、情報機関がヒズボラに購入させたポケベル型端末に仕掛けた小型爆弾を作動させることで、この状況を打破した。

ヒズボラはバランスを崩した。そして、イランに提供された最強の武器でヒズボラが反撃できるより先に、イスラエルはナスララ師とその主要な副官のほとんどを殺害し、武器庫を破壊した。続いて、レバノン南部に侵攻し、境界の村やヒズボラのトンネル網を片端から破壊した。

トランプ次期米大統領とガザと未来

レバノンでの停戦は、必ずしもガザ停戦の前兆ではない。ガザはレバノンとは違う。ガザ地区での戦争は、境界の安全やイスラエルの人質に関することだけを争っているのではない。

ガザ地区での戦争には、報復の側面もある。さらに、ネタニヤフ首相の政治生命や、ネタニヤフ政権がパレスチナの独立への希望を完全に拒絶していることも関係しているのだ。

レバノンでの停戦はもろい。うまくいくため必要な時間を稼ぐべく、わざとゆっくり慎重に進められている。この停戦発効から予定される60日間の停戦期間が過ぎると、アメリカではトランプ氏が再びホワイトハウスに戻る。トランプ次期大統領はレバノンでの停戦を希望するとほのめかしているものの、その具体的な計画はまだ明らかになっていない。

中東各国は、自分たちの地域に次期大統領がどう影響するのか、様子を見ている。1972年の「ニクソン訪中」のような歴史的瞬間を作り出すために、トランプ氏がイランに接触したがるのではないかと、そう期待する楽観主義者もいる。

一方で悲観主義者たちは、イスラエルと並んで独立したパレスチナを創るという、いわゆる「2国家解決」について悲観している。アメリカはこれまで形だけでも「2国家解決」を支持する姿勢を見せてきたのが、そのポーズさえトランプ氏は放棄するのではないかと。そうなると、パレスチナ被占領地の中でイスラエルが欲しがっている地域が、併合される事態につながるかもしれない。その対象には、ヨルダン川西岸地区の大部分とガザ北部が含まれる。

しかし、中東の人たちが今後なお何世代にもわたって戦争と暴力的な死に見舞われないようにするには、地域の根本的な政治的断絶に向き合い、解決しなくてはならない。これは確かなことだ。そしてこの地域における最大の断絶とは、イスラエルとパレスチナの紛争なのだ。

ネタニヤフ首相とその政府、そして多くのイスラエル人は、軍事的勝利に向かって突き進めば、敵を支配できるはずだと信じている。首相は、アメリカの制約を受けずに力を行使し、中東での勢力均衡をイスラエルに有利な形に変えようとしている。

1世紀以上続く紛争の中で、アラブ人とユダヤ人の双方が軍事的勝利による平和を何度も夢見てきた。どの世代もそれを実現しようと挑戦しては、失敗してきた。2023年10月7日にハマスが行ったイスラエル攻撃は、壊滅的な結果をもたらした。そして、イスラエルがパレスチナ人の自決権を否定し続けた状態のままで、この紛争が制御可能だなどという幻想も打ち砕いた。レバノンでの停戦は一時的な小休止に過ぎない。解決策ではないのだ。

(英語記事 The Lebanon ceasefire is a respite, not a solution for the Middle East

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c3vlgrldwpgo


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