ロシア通貨の「番人」が窮地に
今般のルーブル急落を受けて、一部で指摘されたのは、「ロシア当局はルーブル売りの圧力が生じた際に、それを沈静化する手段を有していないのではないか」という点であった。ちなみに、現時点でロシア財務省には、上述の外貨強制売却制度をより厳しくする意向はないとのことだ。
ロシア中銀がインフレおよび通貨下落を抑える手段として最重要視しているのが、政策金利の設定である。中銀は23年7月以降、一貫して利上げを続けており、今年10月28日には政策金利を21%に設定した。
長らくゼロ金利が続いてきた日本国民には、21%という金利は想像の及ばない世界である。実際には、ロシア政府は幼い子供のいる家庭等には低金利で住宅ローンを借りられるようにしたり、企業向けにも優遇プログラムを用意したりしているようだが、いずれにしても高金利が経済を圧迫していることに変わりはない。
上述のとおり、ロシア政府にはルーブル安を容認する風潮があり、中銀の厳格な通貨・金融政策とは温度差がある。また、経済界や軍事・治安機関関係者から中銀への風当たりには、非常に強いものがあるようだ。
たとえば、「ロシアの経団連」とも称されるロシア産業家・企業家同盟は中銀に対して、政策の歩調を政府に合わせるよう要求しており、それを義務付ける法改正を主張している。また、軍需企業を束ねる国営コングロマリット「ロステク」のS.チェメゾフ総裁も最近、「高金利が産業発展のブレーキになっている。こんな金利では多くの企業が倒産してしまう」と苦言を呈した。
一般に中央銀行は「通貨の番人」と呼ばれる。ロシアにはそれが典型的に当てはまり、プーチン政権が政治的に多少の無茶をしても、中銀が厳格な通貨・金融政策を堅持し、それにより経済が崩壊する事態を回避してきた。そして、個人としてそれを担保してきたのが辣腕のE.ナビウリナ総裁であり、文字どおり同氏がロシア・ルーブルの番人になってきたと言って過言でない。
目下ロシア政財界では、高金利を嫌気した勢力による「ナビウリナおろし」が渦巻いている。そうした中、12月20日には中銀の次回政策決定会合が予定されており、25%程度へのさらなる利上げも取り沙汰されている。
評論家のD.オレーシキン氏は、次のように指摘する。「プーチンはナビウリナが有用であることをよく知っているが、軍事・治安機関関係者からの突き上げが激しい。プーチンが戦争を戦っている最中であることを考えると、この権力闘争でナビウリナが敗れることは不可避だ」
果たしてプーチン政権は、オレーシキン氏の予想どおり、ロシア・ルーブルの番人たるナビウリナ総裁と決別するのか。仮にそうなれば、ロシアの通貨・金融の規律も、いよいよタガが外れることになるだろう。